向日葵
カフェに到着した紅と陸。
紅はカフェの中を一瞥してから陸の方を向いた。
「じゃあ、私は―――」
「あ」
彼女の声を遮る形で発せられた陸の声にきょとんとする。
陸の視線の先をおい、彼の反応に納得した。
「あら、瀬那じゃない」
「陸!と、紅先輩!」
驚く瀬那に、何故こんな所に、と陸が問う。
そこへ、陸を呼び出した張本人である氷室が姿を見せた。
「ごめんなさい。私が二人を呼び出したの。………あなたは、あの時の…」
氷室の視線が、言葉の中ほどで紅を捉えた。
あの時、と言うのが何を指すのか。
嫌と言うほどそれを理解している紅は、不名誉な記憶だな、と思いつつ、付き合い程度の軽い会釈をする。
「陸。私は適当に店を見てるから」
「わかった。ごめんな」
申し訳なさそうにしている陸に、紅は笑って首を振った。
貴重な時間を使って会ってくれたというのに、これ以上何を望む必要があるのか。
携帯を持ち上げ、メールよろしくね、と言うと、紅はカフェを後にした。
―――さっき横目に見てきたあの店に行こうかな。
そんなことを考えつつ、道すがら目に付いた店を覗く。
「あぁ、そっか。あまり離れない方がいいのよね」
いつ連絡が来るかわからないのだから、できるだけ近くに居た方がいい。
そう思い直した紅は、くるりと踵を返す。
そんな彼女の耳に、派手な破壊音が聞こえてきた。
音源は…そう、カフェの方だ。
「な、にごと…?」
あそこには陸も瀬那も居る。
考えるよりも先に、足が速度を上げた。
カフェ内が見える柱の一つに、見覚えのある後姿を複数発見する。
どうやら、来ていたのは瀬那だけではなかったようだ。
「1年達。それに、まもりまで…。あなた達、何やって…」
尻すぼみに消えていく声。
泥門面子の向こうに見えた光景に、紅の表情が凍りつく。
「紅先輩…!駄目ッスよ!」
「紅、抑えて!ね!?」
一気に氷点下まで下がった紅の目の温度に、モン太とまもりが慌てる。
鈴音もまた、彼女の視界を遮ろうと懸命に背を伸ばす。
しかし、そんな彼らの努力は焼け石に水だ。
スッと鈴音の肩に手をかけた紅は、大股で彼女を追い越す。
そして、邪魔な者がなくなると、いつの間にか握られていた缶ジュースを構えた。
「お、おい。先輩、まさか…」
十文字が嘘だろ、と言いたげに口元を引きつらせる。
彼の声に動きを止めることも泣く、紅は缶ジュース(中身入り)を思い切り投げた。
美しいフォームから繰り出された、女性のそれとは思えない速度。
ヒル魔のボールのように重力を忘れて一直線には飛ばなかった。
けれど、彼女の軌道は少し膨らんだ程度で、速度を保ったままそこへと飛んでいく。
寸分狂うことなく、そこ―――峨王の横っ面へと。
ぶつかる、と誰もがそう思った。
同時に、怒り狂う彼が紅に向かってくるような、そんな地獄絵図を想像する。
想像していた事態は起こらなかった。
代わりに、見るも無残に押しつぶされた缶ジュースの成れの果てが、カランと床に転がる。
中身であるオレンジ色の液体がそこに広がっていた。
「……またお前か」
「こっちはまたアンタなの、って言いたいところなんだけど」
とりあえずその横っ面でもジュースで凹ませてやろうと思ったのだが、成功しなかったのは言うまでもない。
カツカツとローファーの音を立てながら歩く紅。
その目は酷く冷めていて、表情もいつもとは違って無に近い。
「アメフトって大概乱暴なスポーツだと思ってたけど…ここまで酷い人、見たことないわ」
テーブルの残骸を見下ろしながらそう呟く。
前に会った時は、公共物である会場の手すりをベキベキにしていた。
そして、次はこれだ。
峨王に対する認識がマイナスに達するのも無理はないだろう。
「で、まだ何か用なの?」
陸と峨王を交互に見た紅は、彼をじろりと睨みつける。
彼はフン、と鼻を鳴らしてその場から歩き出した。
そんなチームメイトを見送り、マルコが乾いた笑い方をする。
「相変わらず無茶すんね、君。峨王がお咎めなしって所も驚きだけど」
「あんな猛獣を連れてこないでくれる?下手をすれば出場停止よ?」
「はは。ご心配なく。その辺は上手く処理しておくよ」
ニコリと笑う彼の目が笑っていないと感じるのは気のせいだろうか。
彼も、ヒル魔とはまた違った意味で、常識を逸脱している人間だ。
「それより―――」
ふと紅から視線を外したマルコが、足早に歩き出す。
彼の足が向かう先は、座ったままパソコン画面を見つめていた陸の所だ。
バンッと勢いよくノートパソコンを閉じ、陸の手からそれを回収する。
「残念だけど、楽しい映画パーティーはここまでだ」
氷室が彼らを呼び出した理由は一つ―――試合途中で棄権してほしい、と言うものだった。
しかし、次に白秋と当たる陸だけではなく、泥門の瀬那も呼び出している。
彼女は、白秋が西部との試合に勝ち、泥門との決勝戦に進むと判断しているのだ。
自分のチームが負けると断定した行動をよく思う者は居ないだろう。
「キッドさんは神速の早撃ち、最強のクォーターバックだ。峨王なんかに潰されたりしない!」
彼女に向かってそう告げる陸の眼差しは強い。
去り際にハンカチを握らせる所はあまりに紳士的な彼らしく、クスリと笑ってしまった。
そんな声が聞こえたのか、違う理由からか。
思い出したように紅を振り向いた陸が、つかつかと彼女に歩み寄った。
「何度も言うけど、ほんっとに無茶するよな、紅って」
「あ、それ白秋の子にも言われた。2回目」
「…。あんな奴にジュースをぶつけて、怒らせたらどうするつもりだよ」
逆に怒ってしまっている陸に、紅は「んー」とその時を想像してみる。
「…陸が助けてくれるだろうから、いいんじゃない?」
「なっ!」
「ほら、瀬那が氷室さんを助けてあげたみたいに。いくら陸でも、私があの状況だったら動いてくれるでしょ?」
「……………」
ふいっと顔を逸らす陸に、紅は「ふふ」と笑う。
それから、足を止めた。
隣を歩いてこない紅に気づいた彼が振り向くと、紅はニコリと微笑む。
「紅?」
「瀬那達と一緒に帰るわ。―――無理せず、頑張ってね」
彼女の笑顔の意味を悟り、陸は先ほどとは違う表情を見せた。
真剣な眼差しでしっかりと頷く彼。
「ありがとう」
また連絡する、と言い残して去っていくその背中に手を振る。
その言葉が嘘だとは思わない。
けれど、暫く…試合が終わるまでは、彼はアメフトだけに集中するだろう。
「頑張って、陸」
寂しいとは思わなかった。
寧ろ、それだけ心血を注げるものがある彼を、誇らしく思う。
小さくなった背中へと送ったエールは、彼の耳に届いただろうか。
花言葉:私の目はあなただけを見つめる。
08.11.18