向日葵
『ヴィーナスフォートって、前に行きたいって言ってたとこ?』
電話口でそう尋ねられた紅は、自身の記憶を手繰り寄せる。
そう言えば、洒落た店が集まっていて…と言うような話をした覚えがあった。
「うん。行きたいって言った覚えはないけど…」
『場所わかる?』
「わかるよ。行くなら、説明しようか?電話でいい?」
『あー、いいよ、しなくて。明日の放課後、一緒に行かないか?』
誘われているのだと理解するまでに、数秒かかった。
暫くの沈黙の後、紅は恐る恐るといった様子で口を開く。
「…練習は?」
大事な時期だということは、泥門の彼らを見ていても明らかだ。
泥門と西部が対戦できるかどうか―――西部は、数日後にそれを賭けた試合を控えているはず。
この大会が落ち着くまでは、邪魔をしないようにと決めていたのは他でもない紅自身。
それだけに、彼女は陸の申し出をすぐに受けられなかった。
『明日は休みになった。で、ヴィーナスフォートに行く用があって…その時で良かったら』
その後は無言で、紅の答えを待つ。
何の用で彼がそこに行くのかは、大した問題ではない。
前に雑談の中で話したことを覚えてくれていたこと。
休みとは言え、貴重な時間を使って誘ってくれているということ。
紅の心は、素直に喜んだ。
「ありがとう」
答えはその一言だけだったけれど、彼には十分伝わったようだ。
「ヒル魔がこれを?無理無理。派手好きの男だけど…」
花で埋め尽くされた部室を前に、紅はありえないから、と手を振って否定した。
先に部室に行っていたまもりが、大量の花をヒル魔の行動によるものだと言った事を。
あの男は派手なことは好きだが、それに花を連想するような人間ではない。
それだけはしっかりと否定すると、まだ来ていない一年生たちを待つことなく部室を出た。
「紅、どこに行くの?」
「用があるから帰るね。お先ー」
ひらひらと後手にそれを振り、校門へと向かう。
まさか、この1時間後に再び顔を合わせることになるとは思わなかった。
乗り継いで待ち合わせた先に居たのは私服の陸。
壁に凭れてどこともなく視線を向けている姿は、道行く女の子がふと目を奪われる。
足を止めて彼の姿を遠目に見ていると、向こうが紅に気付いた。
軽く手を上げて歩いてくる姿もまた、様になっていると思う。
「遅かったな」
「そっちは早かったのね。私の方が先に着くと思ってたわ」
「今回は俺の勝ち」
勝ち負けのあるものではない。
けれど、そんな風に軽く会話を弾ませられるのも、二人の関係が良好である証拠なのだろう。
「ごめん。着替えてる暇なかったか?」
会話が落ち着いてから、陸はそう言った。
学校帰りにそのまま足を運んだ紅が格好を変えているはずもない。
制服姿の紅を見て、待ち合わせの時間が悪かっただろうかと反省する彼。
「ううん。面倒だったからそのまま来ただけ」
「面倒って………まぁ、いいけどさ」
少しくらいはお洒落な格好をして来ようとは思わないのか。
そう考えた陸だが、これが彼女なのだと思いなおす。
寄り道もせずに真っ直ぐここに来てくれたのだと思えば、悪い気はしない。
「それより…陸の用事って何―――って聞いてもいい?」
言葉にしてしまってから、自分が聞いていいものなのか?と気付く。
不自然な問いかけになってしまったけれど、彼はその心中を悟ってくれた。
別に構わない、と答えてから、あっさりと続ける。
「白秋のマネージャーから手紙で呼び出されたんだ」
「………へぇー。…私がいてもいいの?」
「ん?あぁ、別にいいだろ。すぐに終わるだろうし」
何を根拠にそう言っているのだろうか。
女の子からの呼び出しに自分を連れて行こうと言う発想が凄いと思う。
尤も、包み隠さず話してくれる彼のお蔭で、不安も迷いもなく彼の隣にいられるのだけれど。
「どこで待ち合わせ?」
「カフェ」
「なら、こっち。話の間は近くのお店で待ってるね」
「わかった」
頷く彼に、行こうか、と声をかけて歩き出す。
白秋のマネージャーといえば、試合を冷静すぎる眼差しで見つめていた彼女だろう。
紅はその姿を脳内に思い浮かべる。
シチュエーション的に、告白を連想しても仕方ない。
しかし、紅にはあのマネージャーがそれを目的としているようには思えなかった。
まとまらない思考を一旦横に置いて、別のことを思い浮かべる。
「そう言えば…今日ね、部室が花で埋め尽くされていたのよ」
「え?泥門も?俺のとこにも届いてたぜ」
「そうなの?どこから?」
「白秋のマルコって奴」
陸の言葉に、あの人か、と納得する。
彼があの大量の花を送ってきたというならば、ヒル魔が、と考えるよりも現実的だ。
それにしても、あの花の意味は何なのだろう。
まるで―――
「見舞いの花、みたい」
「ん?ごめん、聞こえなかった」
「ううん。何でもない」
呟いた声は、ギリギリの所で隣を歩く陸の耳に拾われてしまったようだ。
縁起でもない自分の言葉に、紅は慌ててそれを誤魔化した。
カフェまでの道すがら、両脇の店に目を向けて歩く紅。
「何か目当てでもあるのか?」
「んー…冬服をね。探そうと思ってるの。あ、陸。時間は?」
「まだ大丈夫」
時計を見てからそう答える陸に、紅はとある店の前で足を止めた。
かかっている服の一つを手にとって、鏡の前で身体に添えてみる。
「じゃあ、ちょっとだけ付き合って?」
「別にいいけど…俺でいいのか?」
「陸って服のセンス良いから」
今日の服もね、と微笑めば、陸は照れたように視線を逸らす。
そんな彼に、紅はクスクスと笑う。
制服で店の中を歩くのは少し目立つけれど、これはこれで新鮮だ。
自分好みの服が多い店の中で服を見て歩く紅。
自然と、少し後ろを歩いてくる陸の服を思い浮かべながら、自分の服を探していた。
あの服の隣に並ぶなら―――そんな風に考えて服を見ていくのは、少しばかりくすぐったい。
どう?と聞けば、少し悩んでから感想が返ってくる。
そのうちに彼の方も慣れてきたのか、紅の好みが掴めて来たのか。
近くから服を取って、これは、と差し出してくれる。
そう長い時間を取る事はできないけれど、二人にとっては楽しいひと時だった。
花言葉:私の目はあなただけを見つめる。
08.10.27