Tone of time
Side story --Happy St.Valentine's Day
「ルルからの贈り物はどうだった?」
待ち合わせ場所に辿り着いたアルバロに、コウは開口一番、笑顔でそう問いかけた。
そんな彼女に、同じく笑顔を返す彼。
「うん。本当に面白いね、あの子は」
「そう。楽しめたみたいで良かったわ」
「あれはコウの入れ知恵?」
「人聞きの悪い事を言わないで。アドバイスと言ってほしいわね」
相談されたから、と答えた彼女は、読んでいた本に栞を挟んだ。
そして、隣に置いていた荷物を膝の上に移動させ、ポンとそこを叩く。
座って、と言う事らしいと察し、素直に彼女の隣に腰を下ろすアルバロ。
「一応、私はお菓子の作り方も教えてあげようと思ったんだけど…。
キッチンが大変な事になるとあの子の同室の子から止められたの」
「あぁ…彼女の料理は奇抜で独創的だからね」
「そうらしいわね。時間をかけて教えてあげる事にするわ」
どうやら、ルルを放り出すつもりはないらしい。
エストくんの為なんだろうなぁ、と頭の中で納得したアルバロの考えは、当然の事ながら正解だ。
ルルの事も気に入っているけれど、優先順位で言えばエストの方が高い。
「ルルちゃんの話はいいとして…コウからはないの?」
「あぁ…どうぞ」
膝の上に置いていたそれを彼へと差し出す。
可愛らしいと言うよりは綺麗なラッピングの施されたそれの中身は、恐らくお菓子なのだろう。
彼女は性格こそ淡白だが、意外と家庭的なのだ。
と言うよりも、人並み以上に器用なので何でも上手くできてしまうと言った方が正しいだろうか。
「ありがとう」
「…何、その手は」
お礼を言いながらも、依然として何かを要求しているらしい手に、コウが訝しげな視線を向ける。
恋人に向ける視線じゃないな、と思いつつも飾らない彼女の空気が心地よいので気にしない。
「ルルちゃんと同じ贈り物は?」
「…“おねだり券”の事?私が作ると思うの?」
呆れたような反応に、うん、これでこそコウだ、と思う。
はいどうぞ、と券が出てきた日には、彼女の額に手を当てて体温を測らなければならない。
楽しげに笑いながら手を引っ込めたアルバロは、そのままラッピングのリボンを解いた。
「ルルちゃんに付き合ってあげないところがコウらしいよね」
「どうも」
箱の中に入っていたのは2色のマカロン。
通常の色鮮やかな物とは違い、ピンクとブラウンの2色が落ち着いた印象を与える。
緩衝材に明るい色を持ってきてバランスを取るあたりに、コウのセンスの良さが見えていた。
中身を見たアルバロは、思わず声をあげて笑う。
「コウもかなりルルちゃんの事、気に入ってるよね。これ、彼女の希望でしょ」
「よくわかったわね」
自室で何を作ろうかと考えていた所に、ルルが相談に来た。
その時に開いていたページを見て、美味しそう!と言った彼女の顔が印象に残っていて、気が付いたら、だ。
分量で自由に甘さを調整できるし、丁度いいと思ったのも事実。
普通の甘さで作られたマカロンは、余ったから、と言う名目でルルへと贈られた。
「エストも微妙な表情をしていたわ。きっと、彼女を思い出したのね」
コウからの贈り物は嬉しいのに、ちらつくルルに戸惑っている、と言う感じだった。
それでも、目の前で一つを食べ、美味しいです、と言ってから残りを持ち帰った彼を可愛いと思う。
「もしかして俺が最後?」
「…そうね。あなたは順番なんて気にしないし…何より、こういう土産話があった方が楽しいんでしょ?」
事も無げにそう言ってのけた彼女に、アルバロは笑顔で目を細めた。
元々、こういうイベント自体に興味がないのだ。
最初だろうが最後だろうが、順番なんてどうでもいい。
寧ろ、自分に対する時とは明らかに違うエストや、ルルの話を聞く方が面白い。
彼女はやはり、自分と言う人間をよくわかっていると思った。
アルバロはエストが褒めたと言うマカロンを一つ手に取り、口へと運ぶ。
随分甘さを控えてあるのか、噛んだ後はすんなりと喉を通るそれ。
彼女は、性格だけではなく味覚もちゃんと理解しているようだ。
「ところで…もし、私があなたに“おねだり券”をあげたら、どんな事をねだるつもりだったの?」
エストと同じく一つを食べて蓋をするアルバロの隣で、コウがそう問いかける。
褒める言葉がなくても、表情や仕草だけでアルバロの好みだったのだと言う事はわかっていた。
「そうだな…何をおねだりしようか?」
「考えてなかったのね」
「おねだりしたい事は山ほどあるけど、一つとなると難しいよね」
「………」
思わず、何をねだる気だ、と考えてしまうコウ。
当然ながらその考えはしっかり表情に出ていて、アルバロを楽しませている。
「でもそうだな…明日が終わるまで俺と離れないで、って言うのも面白そうだね」
「え!?」
一つの例として、特に深く考える事もなく口にした言葉。
声を上げる彼女は、その言葉に対して驚いているようには見えなかった。
一瞬の反応に疑問符を浮かべると同時に、自分の手元でパチン、と何かが弾ける音が鳴る。
音に釣られるように視線を落とすと、ラッピングの紙からぱらぱらと何かが地面に落ちていくのが見えた。
原形をとどめていないそれが何を示すものなのかが分からず、コウを見る。
彼女は額に手を当てて深々と溜め息を吐き出していた。
「…もしかして」
「精神論の授業で面白い魔法を習ったから、その応用で作ってみたのよ」
既に諦めているのか、コウは素直に白状した。
コウが作ったのは、ルルのようにただの紙切れで作った“おねだり券”ではなく、魔法を含めた高度なそれだ。
命や一般常識に反する制約はかからないものの、それ以外ならば持ち主の望みを叶えてしまう。
折角作ったし、と思って、ラッピングに忍ばせたのがいけなかった。
この場では一つに絞らないだろうし、ラッピングならばすぐに捨てるだろうと思っていたのだ。
身体から離れて一晩経てば、自動的に効力を失うように作ってあったから、安全だと踏んでいた。
「あなたなら絶対この場で一つの事に絞らないと思ったのに…」
まさか、それを手にした状態で一つの願いを口にするなんて、思っていなかった。
「…ちなみに、これはどの程度まで有効なの?」
「さぁ?」
そう言って立ち上がったコウが、そのまま歩き出す。
それを見送るアルバロだが、少しも歩かないうちにコウの足が止まった。
何度か前に進もうとは試みているようだが、傍から見ればただ足踏みをしているだけに見える。
やがて、溜め息交じりに振り向いた彼女は、その場で肩を竦めた。
「この距離ね」
「…約10メートルか」
ぴったり隣に寄り添わなくてもいいのはありがたいが、日常生活には不便が出そうな距離だ。
まず、寮に戻れない。
同じ考えに至ったのか、コウは困ったような表情を浮かべながらベンチへと戻ってきた。
「まったく…妙なおねだりをしてくれたものね」
「俺の所為?先に言っておいてくれれば慎重に言葉を選んだんだけど」
「…零れ落ちた程度の願いだった事に感謝すべきかしら」
彼が本気で考えていれば、もっと厄介な“おねだり”になっていた気がする。
それを思えば、傍にいるだけの制約で済んでいる事を喜ぶべきだろうか。
「で、どうするの?」
「鏡の魔獣を説得できるわけないし…どうしようかしら」
一晩だけ、と言って頷いてくれる相手ではない。
どうするか、と考えていた所で、荷物をまとめたアルバロが立ち上がった。
「じゃあ、行こうか」
「…参考までに聞くけれど、どこに?」
「町」
「…今日は休日じゃないから門は開かないわよ―――って、あなたには無用な情報よね」
抜け道程度、いくらでも知っているのだろう。
笑顔で差し出された手に自身のそれを重ねながら、帰って来た時の説教の長さに思わず溜め息を零す。
夜になっても戻らないコウにルルが一騒ぎを起こしたと聞いたのは、魔法院に帰ってきてからだった。
その所為で、二人の不在は魔法院中の生徒が知るところとなってしまったのは余談である。
ちなみにアルバロがルルから貰ったのはお手伝い券。おねだり券の存在はエストが持っている所を発見。
11.02.15