Topaz 11
「喧嘩した…?」
突然訪問してきた親友に暖かいレモンティーを勧めながら、紅は先程彼女が紡いだ言葉を繰り返す。
憤慨するように「そうよ!」と一言紡ぎ、悠希はまだ少しばかり熱いと思われるカップに唇をつける。
「何でまた急に?って言うか、今日ってデートだったのよね?」
「道端アンケートって言うのに捕まってね?テニスと私なら?って言う質問があったの。
そうしたら亮、なんて答えたと思う!?」
悠希が肩で息を切らせそうな勢いで尋ねる。
この場合はテニスと答えられて怒る女性が多いだろう、と紅は脳内で考える。
自分の場合にはそう答えられても嬉しくはないが。
一般的であろう答えを彼女は言う。
「…テニス?」
「違う!亮は「悠希」って答えたのよ!?冗談でもあんまりだと思わない!?」
「………いや、そこは普通に喜んでいいところだと思うよ」
とりあえず、まずはそう言っておく。
彼らが青春に汗水流しているテニスよりも大事だと言ってくれたのだから、ここは喜ぶべきところだろう。
しかしながら、悠希が怒るのもわからないわけではない紅。
苦笑と共にレモンティーを喉へと流し、彼女は口を開いた。
「でも、わかるわ。その気持ち」
「忍足!頼むから教えてくれ!」
「何やぁ?今日は佐倉と出掛けるん違ったん?」
「お前は「雪耶とテニスのどっちが大事?」って聞かれたらどう答える?」
「あぁ、その質問なぁ…」
突然の質問に忍足は苦笑を浮かべる。
氷帝レギュラー陣で彼女を持っている者にこの質問は難しい所だろう。
驚くほどの部員数の中でレギュラーを取った彼らが容易に答えられる代物ではない。
「俺の場合はもちろんどっちもや。答えなんてあらへんわ」
暫く考えて、忍足はそう言った。
一言も聞き漏らすまいと真剣に耳を傾ける宍戸にさらに苦笑を深め、彼は続ける。
「大方「佐倉」って答えて怒らせたんやろ?」
「…まぁな。普通喜ぶ所じゃねぇのかよ?」
「あいつに普通は通用せんって。兄があれやからな」
そう言って忍足はコートの中で指示を出す跡部を見た。
本日の練習は準レギュラーを鍛えるためにレギュラーは自主トレになっている。
宍戸のように久々の休日を過ごす者も居れば、忍足のように暇つぶしに学校に来ている者も居た。
忍足の視線の先に居る彼を見て、宍戸は「あぁ」と納得したように頷く。
似ているといえばより一層怒らせるだろうが、彼の血縁者に一般が通用しなくても納得できてしまう。
そもそも、人を一般の枠にはめてしまおうというのが無理な話だ。
「紅は俺のテニスしとる姿が好きやっちゅーてくれるし、俺もテニスが好きや。
それと同じかそれ以上に紅の事かて想っとるしな」
ふと思い出したように彼は口を開く。
「せやからどっちも選べんなぁ。紅はその辺わかってくれとると思うし」
「…お前…相変わらずサラッと恥ずいこと言うよな…」
「宍戸が純情すぎるだけや」
クスクスと笑いながら忍足は手に持っていた携帯をカチカチといじる。
そういえば先程から何度か着信を告げるようにサブディスプレイが光っていたな、と宍戸は思い出した。
その度に彼は今のように操作していたから、恐らくメールなのだろう。
「姫さん随分お怒りならしいなぁ。紅が苦労しとるわ」
「…は?何で紅が苦労するんだよ?」
「………自分、彼女の親友に筒抜けやって事くらい理解しぃや…」
彼女らの間に隠し事、などというものは存在しない。
下手をすれば恋人である自分よりも互いを優先してしまいそうな二人なのだ。
『ごめん、悠希と出掛けてるからまた夜にね』
そう言ってメールを中断されることも少なくはない。
自分の位置に不安を感じることもあったが、それ以上に無二の親友を持つ彼女を誇らしく思っている。
「って事は…」
「佐倉が紅のとこに泣き付いて行ったらしいなぁ」
「泣いてんのかよ!?」
慌てたように校門へと走り出した宍戸の背を見つめ、忍足は肩をすくめた。
そして返事を打ち込もうとしていたメールボックスを閉じ、発信履歴の一番上を選ぶ。
数回のコール音の後、彼女の声が耳に届いた。
「王子の出発や。やっと姫の奪還に重い腰あげたで」
『漸く?怒り疲れて寝ちゃってるわよ、悠希。あとどれくらいかかるかな?』
「今出てったから小一時間はかかるんちゃう?」
『そう。ならもう少し寝かせて置いてあげてもいいわね』
「ええと思うけど…何や?怒ってるん?」
『何で?』
「声の機嫌悪いやん」
『あぁ…怒ってるというよりは呆れてるかな。宍戸もまだまだだなぁーと思って』
そう言って紅は小さく笑い声を漏らした。
恐らく、意図せず1年ルーキーの口癖を使ってしまったことに気づいたからだろう。
『大事に思ってくれるのは嬉しいけど…結果として悠希が傷ついたら意味ないもの』
「…せやな」
『悠希、言ってたわ。「一番になりたかったわけじゃない」って。頑張る姿に惚れたんだから、当然よね』
「まぁ、多分アンケートの手前悠希に恥かかさんようにっちゅー事も考えてたと思うで」
『それはちゃんとわかってるみたいよ。ただ、感情は付いていかないってだけ』
面倒なことよね、と言いながらも紅は決して悠希を突き放したりはしない。
何があっても彼女の話を聞くし、最後まで付き合うのだ。
それがわかっているだけに忍足は電話口のこちらで笑いを堪える。
「とにかく、そっちに宍戸が行ったさかい…佐倉が嫌がっても話させたってや」
『ん。大丈夫。悠希を放り出せば自然と話は出来るでしょ』
「放り出すって…せめて帰ってもらうくらいに言えんのかい」
『どっちも結果は同じでしょ』
「………まぁええわ。ほな、一旦切ってもええか?恐い部長さんが睨んでくるねん」
先程からチクチクと感じていた視線の主は言わずもがな。
出来るだけそちらを向かないようにして話していたが、それもそろそろ限界だろう。
向こうから苦笑交じりに「頑張ってね」と言う声が届き、電話は切れた。
通話時間や料金が表示された画面を見つつ、忍足はポツリと漏らす。
「電話ってあかんなぁ。声聞いたら会いたなるやん」
「忍足!コートの脇で喋ってるなら帰れ!」
「…跡部、ええ事言うなぁ。ほな、お先失礼するわ」
嬉々とした表情を浮かべて部室に飛び込んでいった忍足は、その数秒後に扉を出てきた。
ボタンも半分しか留めないままに、彼はネクタイを首に提げて校門へと歩き出す。
あまり急いで宍戸たちに鉢合わせないように、少しばかり足を遅くして紅の家へと向かった。
「なぁ、近くの公園のベンチにカップルがおったんやけどな…」
「うん」
「2mあるか無いかぐらいのベンチの両端に座って、いかにも「喧嘩中です」って空気纏ったカップル」
「……………はぁ…。どっちも変に照れ屋だし、意地っ張りだからね…」
溜め息と共に脇においてあった携帯を持ち、手早く打ち込んで送信してしまう。
翌日には悠希の笑顔が戻っていることを期待して、紅は自分の恋人とのひとときを過ごした。
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06.02.28