Topaz 09
そろそろ整理時かなと考えていた矢先の事だった。
偶然にも机の前に立ててあった封筒が前方へと倒れてきて、その中身をぶちまける。
笑っていたり少しだけ怒っていたり、膨れたような…それで居て拗ねたような。
様々な一瞬が残されたそれらに目を落とし、紅はその一枚を拾い上げた。
雪耶紅と言う人物は一度やりだすとその生まれ持った集中力が中々途切れない人物である。
先程まで自分の髪を弄っていた彼女が突然静まり返っている事に気づいた忍足。
今まで気づかなかったのは彼が読書に集中していたからである。
「?」
不意に視線を活字から部屋の中へと持ち上げる彼。
目的の彼女は自身のベッドの上で行儀悪くも胡坐をかくように座り、そして笑みを浮かべてシーツの上を見下ろしていた。
彼女に借りていた椅子から立ち上がると、ギシッとそれが僅かな音を立てる。
一瞬気づくかと思われたが、紅は集中しているのか視線を持ち上げることはなかった。
そのまま足音を消して彼女の背後へと回り、彼女の見つめる物を自身の視界に映す。
「写真…?」
「え?あ、侑士。いつの間に」
突然の背後からの声に紅は驚いたように顔を上げた。
どうやら本当に気づいていなかったらしい彼女に彼は苦笑を浮かべる。
そして、自分を見上げた時に持ち上げていたらしい写真を取り上げた。
そこに写っているのは紅と、自他共に認めるその親友。
そして…。
「ちょお待って?これ、いつの奴?」
「どれ?あぁ、それはね…夏休みに悠希と出掛けた時の奴ね」
綺麗でしょ?と微笑む彼女から視線を外し、忍足は再び写真に目を向ける。
確かに彼女自身が言うように、画質もモデルも悪くはなく、寧ろ思わず口元を緩めそうになるものだ。
紅と悠希の満面の笑顔。
それだけならば微笑ましいヒトコマとして受け入れられたのだ。
しかし、現実は違う。
彼女らの笑顔の他にもう一つの笑顔があったのだ。
その持ち主は中々の美形で、彼女らの肩を抱き寄せて口元に笑み。
見事な白銀の髪は後ろで一本に縛っていた。
見紛う事なく、男だ。
「しかも何で浴衣…?」
「何か、文化祭の出し物の中に『着せ替えクラブ』ってのがあったの」
その写真、と答える紅に忍足は軽い眩暈を覚えた。
「どこぞの風俗かっちゅーねん」
「あはは。名前的にはかなり引くよね。私達も捕まらなければ入るつもりはなかったんだけど…」
「“捕まった”って…こいつらか?」
彼女らの間に居座る男を指さして侑士は問う。
紅はその表情に苦笑を浮かべた。
それだけで答えには十分である。
写真の中の彼女らは浴衣に身を包み、いつまでも変わることのない笑顔を見せている。
どうやら、それぞれの浴衣の色合いは異なる物の、2着1対の模様らしい。
淡い色調の浴衣の上にはそれを惹き立てる様な深い色調の帯。
「これね、家庭部の手作りなんだって。凄いよね。2着しかなかったの」
「いやいや、そういう問題やなくてな?」
「ん?侑士って蝶嫌いだっけ?」
「や、寧ろ色気を惹き立ててええ感じに―――って!それもちゃうし!」
ポロリと出た本音に一人突っ込みを入れる彼。
それが更に紅の笑いを誘ったと言う事は言うまでもない。
「しっかしなぁ…紅の浴衣姿って…まだ俺も見てへんねんけど…?」
写真を見つめ、明らかに不貞腐れた様子の忍足に紅はクスクスと笑い声を上げた。
彼の片手には先程まで読んでいた本が持たれているのだが、その内容などどこかへ消えてしまっただろう。
紅は未だに自分の背後から覗き込む状態の忍足にもたれかかった。
「実はねー…この浴衣なんだけど…作った子のお眼鏡にかなったら持ち帰り可って宣伝してたの」
「お眼鏡にかなったらって…また大きく出るなぁ」
「でしょう?初めは全員に気に入らないって言って結局は持ち帰り無し何だと思ってたんだけどさ」
そう言って紅はいつの間にか脇から腹にかけて回っていた忍足の腕を解く。
そのままベッドから下りると、ウォークインクローゼットの扉を開いた。
位置関係から、忍足は中に入って行った紅の姿を捉える事は出来ない。
程なくしてそこから出てきた彼女の腕には、平べったい箱が持たれていた。
「何なん?」
「開けていいよ」
パフッと言う篭った音と共にその箱がベッドの上に置かれる。
紙製の箱の蓋を開くと、中から出てきたのは…。
「実は、お眼鏡にかなっちゃったのよね」
二人とも。と紅は笑う。
箱の中に綺麗に納められているのは写真の中で紅が身に付けている浴衣と全く同じ物。
素人が作ったとは思えない程に正確に作られたそれ。
「嘘やろ…」
「ホント。私達が初めて着たんだけど…それ一回で凄く気に入られちゃって…」
そのまま押し付けられる形で浴衣を渡された、と言うわけだ。
もちろん、今この場で広げている写真の中で浴衣姿で写っている分の数倍は撮られたが。
似合う人に着て貰いたいから。
最終的にはそう言われて、彼女らはそれならばと受け取ってきた。
「今年もきっと夏祭りあるよね?」
「あぁ、多分あるやろなぁ。天気が悪ぅない限りは」
「んじゃ、その時にお目見えって事で」
そう言って紅は微笑んだ。
彼が根に持っていた「自分もまだ見ていない浴衣姿」とやらを見せてくれるらしい。
忍足は紅を自分の前に座らせ、その身体を背中から抱きこんだ。
「楽しみにしとくわ。まだ半年も先やけど」
「それまでに別れなかったらね」
「縁起でもないこと言うたらあかんよ」
本当になったらどないすんの、と言って彼は紅の頭を撫でた。
半年後、彼女が無事にこの浴衣を忍足に披露出来たか。
それを知るのは本人達と、その時に残された写真だけである。
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06.02.03