Topaz 08
「私、思うんだけど…」
「どーしたの?」
「デートって二人でするものじゃないの…?」
「別にいいんじゃないの?四人でも」
四人掛けのテーブルの向かいでストローを銜える悠希。
そんな彼女に紅は溜め息混じりに声を発した。
が、返って来たのは何とも間延びした答え。
「………宍戸」
「悪い。俺に、こいつを止めんの無理」
お前でも出来かねてんのに、と宍戸は曖昧な笑みを浮かべる。
そんな彼の返事に、紅の溜め息とその隣に座る忍足の溜め息とが重なった。
部活も休憩中と言う事で、マネージャーである紅も一時その手を休めた。
その時、計ったようにポケットの携帯が震える。
着信ではないメールを告げる色に点灯するランプを眺め、紅はそれを開いた。
―今電話してもええ?―
挨拶も何もない簡略なメール。
文面であるにも拘らず口調を変えないメール相手に笑みを零し、紅はOKと返事を送る。
程なくして携帯が着信を奏でるように震えるのを確認して、コートから少しだけ離れた。
「紅~。どこ行くのー?」
「ちょっと電話」
目聡く気づいた悠希が紅を呼び止める。
紅は携帯を指しながら彼女にそう答え、そのままフェンスを出て部室の裏へと回った。
「もしもし。ごめんね、待たせて」
『別に構へんよ。それより、今時間ええか?』
「ん。休憩中だから。って言っても後5分しかないけど…」
『奇遇やな。こっちも後5分やて跡部が怒鳴っとるわ』
そう言った忍足の向こうで小さいながらも跡部の物と聞き取れる声が聞こえていた。
そんな声にクスクスと笑いを零し、紅は用件を促がす。
「で、どうしたの?電話がいいなんて、珍しいね」
『せやせや。今度の日曜は部活か?』
「日曜…?確か今月最初のオフ…かな」
『ナイスタイミングやな。従兄弟さんにお礼言うとって』
「それはいいんだけど…何?」
『デートせん?一ヶ月ぶりのデート。丁度映画のチケットもろてん』
恐らく携帯の傍でチケットを揺らしているのだろう。
ピラピラと言う紙が揺れるような音が届いた。
「…する!」
紅が元気良く返事をすれば、向こうから押し殺したような笑い声が聞こえてきた。
無論それを発しているのは忍足に他ならない。
『元気ええなぁ。ほな、日曜の話はまた………』
『さっさと練習に戻れ!!』
『今日の夜にでも…』
『忍足!テメェもいつまで電話してる気だ!!』
『煩いわ!跡部、ちょお黙っとって!大事な彼女と大事な話しとんねん!!』
跡部がすぐ脇に居るのか、より一層騒がしくなる向こう側。
紅は耳から少しだけ離してそれを聞いていた。
しかし、自分の方でも従兄弟が集合を掛けている声が聞こえている。
「侑士?とりあえず夜にでもまた話すって事で」
『すまんな。跡部が煩いねん。ほな、夜にまた電話するわ』
「ん。じゃあ、待ってる」
そう言って彼に微笑みかける気持ちで笑顔を浮かべ、紅は通話を切断した。
暫し名残を惜しむように携帯を眺めていたが、再び聞こえた手塚の声に慌ててコートへと走る。
「ご機嫌ね」
「あはは。わかる?」
「そりゃ…手つき見ればわかるわよ。何年一緒に居ると思ってるの?」
ケラケラと笑いながらも泡だらけのドリンクボトルを綺麗に洗い流す悠希。
その隣で紅はそれの消毒に掛かっていた。
すでに部活の方も終盤で、コートの方では後何分と言うコールが掛かっている。
「コート整備は?」
「今日は一年がしてくれるってさ」
数十個のドリンクボトルを洗い終え、それぞれを片付けていく二人。
終わった頃に丁度良く部室のドアが開かれる。
「「お疲れ様」」
疲れた彼らを迎えたのは紅と悠希の笑顔だった。
「で、佐倉は何でこんな所におるん?態々隣町まで来てるんやから…偶然なわけあらへんよな」
紅の隣に忍足が座り、その前に宍戸、そして彼の隣に悠希と言う席順になっている。
明らかに巻き込まれた風な宍戸は苦笑に似た笑みを浮かべていた。
その隣の彼女は明らかな確信犯だが。
「紅の携帯見れば一発よ。大事な事は全部カレンダーに入れてあるもんね」
にっこりと笑って悠希は前に座る紅にね?と首を傾げて見せる。
「せやからって何も邪魔しにこんでもええやん」
「いやいや。最近暇だったもんですから、ついね」
「“つい”じゃないでしょ…まったく…」
そんな事を言いながらも、紅はさほど怒っているわけではない。
映画が終わってからこのファーストフード店に腰を落ち着けているわけだが、そろそろ時間も迫っている。
店の時計を確認した紅はその事を口にした。
「とりあえずこの辺でお開きにしない?一緒に帰るつもりでもないでしょ?」
「んー…そうね。じゃ、私達先に帰るわ。亮、帰ろうか」
自身のトレイを持ち上げ、悠希は席を立った。
それを追うように宍戸も腰を上げて彼女に続く。
「んじゃ、また明日ね」
「ん。ちゃんと送ってってあげてね」
「わかってるって。じゃあな」
短い別れの言葉を交わし、彼女らの背中を見送る紅と忍足。
途中、悠希のトレイを受け取る辺り宍戸の優しさが窺える。
そうしてガラスの向こうの雑踏の中に消えていった二人。
「…結局あいつら何しに来たん?ほんま邪魔するだけやったんか?」
彼らの背中が見えなくなったところで、忍足はふとそんな事を口にした。
紅はストローからジュースを吸い上げるとそれの答えを紡ぐ。
「照れ隠し」
「…は?」
間の抜けた声を発する忍足を横目に、紅は携帯のメール画面を立ち上げる。
カチカチと打ち込みながら、彼女は続きを述べ始めた。
「宍戸ってさ。まだまだ誘うまでは行かないでしょ?」
「…まぁ、せやな。かなり奥手やからなぁ」
「悠希も、改めてデートに誘えるほど積極的じゃないの」
「………跡部とはえらい違いや…」
「だから、私達の後を尾ける!ってのを口実に誘ったんだと思うよ」
それだといつものテンションで誘えるでしょ。と紅は笑う。
さすがに親友と言ったところだろうか。
「ほら」
そう言ってたった今受信したメールを忍足の前に差し出す。
―邪魔してごめんね。ありがと。忍足にも言っておいて―
途中に手を合わせるような顔文字を入れるあたりが彼女らしい。
「恋愛の事となると途端に性格変わるからねー…」
「…確かに俺らは付き合いだして…二年くらい経つからなぁ。一応先輩か」
「そう言う事。ま、暫くは付き合ってあげてよ」
パカンと携帯を閉じ、紅はクスクスと笑う。
そんな彼女の隣で忍足は溜め息をつきながらも同じような笑みを浮かべた。
「しゃーないな…暫くはWデートになっても堪忍したろか」
「ありがとね」
それから氷帝では部活の休憩時間に面白い光景を見ることが出来るようになる。
「せーやーかーら!ちょっとメールして誘えばええだけやん!」
「それが出来れば苦労してねぇよ!」
「メールも出来へんほど初心なんて今時希少価値やで、自分!激ダサや!」
「うるせぇ!!しかも人の台詞とるんじゃねぇ!」
「忍足!宍戸!休憩時間だからって騒ぐな!!」
「跡部は黙っとって!この天然記念物にデートの誘い方教えたらなデートもゆっくり出来へんねん!!」
「誰が天然記念物だ!!」
忍足と宍戸が揃ってグラウンドを走るまで後1分。
一方、青学では…。
「…携帯を睨むくらいならメールでも電話でもすれば?」
「………何を話せばいいのかわからないし」
「普通に雑談で問題ないと思うけど…」
「…………………」
「(誘えるようになるのは半年位先かなぁ…)」
結局、この日も二人のメールが送られる事はなかった。
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05.12.25