Topaz 07
授業はなく、代わりに学生の天敵とも言えるアレがある季節。
さすがのテニス部とて、学生の本業たる勉強を疎かにするわけには行かない。
毎日のハードな部活がなく、テストの数時間が終われば生徒達は即座に帰路へとつく。
そんなテスト期間のとある日の事だった。
「校門の所に氷帝学園の制服を着た男子生徒が居るんだって」
「ホント?どんな人なんだろう」
「何でもカッコイイらしいよ。ね、帰りに見れるかな?」
女子学生の特権とも言える噂話。
クラスメイトの声が教室にいた紅と悠希の耳にも届いていた。
「…聞いた?」
「別に興味ないし」
ガラスに張り付くクラスの女子を眺めながら悠希が楽しそうに問う。
テストも終わった事だし、と紅は帰宅準備をしながら淡々と答えた。
ふぅん…と声を漏らして悠希はガラス越しに校門に視線を向ける。
「紅~…」
「何?」
「見た方がいいと思うよ?」
「別にいいでしょ」
「絶対、紅好みだと思うんだけどなぁ」
「だから興味ないって言って……………何よ、そのいやらしい笑顔は」
ニヤリ。
形容するならばそんな感じの笑みを浮かべ、悠希は校門を指した。
紅は面倒くさそうに肩を竦めてそちらに視線を向ける。
「……………何で?」
「いや、私に聞かれてもね」
「ごめん!!今日の勉強会出られないから!!」
紅はパンッと悠希の前で両手を合わせると、その返事を聞く事なく鞄を引っ掴んで走り出す。
そんな彼女を見送り、悠希はやれやれと頬を掻いた。
「アンタが居なくて誰があの悲惨な英語を教えるのよ~…」
そんな文句を言いながらも、校門の方へと視線を向ける。
程なくして紅の背中が校舎から校門に向かって走っていった。
「嬉しそうな顔しちゃって」
しょうがないなぁ、といった風な笑みを零し、悠希は去っていく二つの背中に手を振った。
「侑士!?」
門にもたれかかったままの背中に、紅はそう声を上げた。
下校ラッシュは免れたのか、門を過ぎる生徒は殆どない。
彼女の声に忍足はそのままの姿勢で顔だけをこちらに向ける。
そして、微笑んだ。
「久しぶり」
「あ、うん。久しぶり……じゃなくて!」
「デートしませんか?」
紅の言葉を遮るように、忍足はそう言い出した。
「…する」
即答した後で紅はハッとした表情を見せる。
どうやら色々と聞きたい事があるらしい。
「何で?どうしたの?学校はー…制服だから帰り?」
立て続けに流れ出る彼女の質問の嵐。
慌てた、と言うよりは酷く狼狽していると言った方が正しいだろうか。
そんな彼女の頭にポンと大きな手を乗せると、忍足は笑う。
「とりあえず歩きながら話さへん?」
「…わかった」
残りの疑問を全て飲み込んで、紅は頷く。
彼女に合わせたのんびりとした歩調で彼らは歩き出した。
「勉強しなくて大丈夫なの?」
賑わう町中を歩きながら紅がそう言った。
「焦らなあかんほど普段サボっとらんから。紅はやばいん?」
挑発的な笑みを返す忍足に、彼女は肩を竦めた。
そして教科書を片手に前を歩く学生に視線を向けながら答える。
「普段から小まめにしてますから」
特に焦らなくても大丈夫なの、と得意げに微笑む。
それに…と紅は付け足した。
「明日は英語だけだからね」
「…なるほど。余裕やなぁ、紅にとっては」
中学で習う英文法など、本場では幼少期に覚えてしまう程度のものだ。
現地で不自由なく言葉を交わす事の出来た紅にとっては簡単すぎる。
それを知っているだけに忍足は思わず苦笑いを浮かべた。
「ほな、心置きなく出掛けれるな」
そう言って彼はごく自然に紅の手を拾い上げる。
ふわりと優しく包まれた感覚に、彼女は僅かに頬を赤らめた。
こう言う何気ない行動ほど嬉しくて、どうしようもなく愛おしいと感じるのは自分だけだろうか。
「どこ行きたい?」
視線を合わせるでもなく、足を止めるでもなく。
ただのんびりとお互いの歩調を合わせて歩く。
「どこにも」
「……普通“どこでも”って答えへん?」
そんな事を言いながらも忍足は嬉しそうに微笑む。
少しだけ強めた手の力で、この想いが伝わればいいと紅は思った。
「ただのんびり歩きたい、かな。どこって決めて歩くよりも…傍に居られればいいから」
そうして少しだけ縮まった二人の距離。
傍に居られるだけでいいと言う紅。
単純明快な言の葉に篭められた心に、自然と緩む頬を隠すのに苦労する。
「ぶらりのんびり散歩コースと行きますか」
日が暮れるにはまだ少し早い時間。
揺らめく二つの影が長くその身体を伸ばす時間まで、ただ一緒に過ごそう。
慣れ親しんだ道を、あなたと二人で。
「んで?初デートはどこ行ったの??」
楽しげに聞いてくる悠希に、紅はシャープペンシルを片手に答える。
「散歩?」
「……ごめん。もう一回」
「だからー…街中から公園の傍を通って、テニスコート経由で家に送ってもらったの。
結構過ごしやすい気候だったしね。夕日も綺麗だったよ」
と笑う紅を見て、悠希は何とも言えない表情でこう言った。
「……あんたらはどこぞの老夫婦か」
Request [ 360000|ヒカリ様 ]
05.09.09