スイートピー
海と山 のLove Passion

「テニス部の強化合宿…って、どうして私が?」
『強化合宿で、選手たちに自炊させる予定なんだけどさ………色々と不安じゃん?』

あのメンバーが揃うんだし、と呟く彼女に、あぁ、と納得する。
集まる学校名を聞き、脳内に浮かぶ個性溢れるメンバーたち。
確かに不安だ、色々と。

『成長期の選手に、合宿中とは言え、変な食事をさせるわけにいかないでしょ。だから、あんたの出番ってわけ』
「何も、立海の料理部を借り出さなくても、氷帝で女の子を募ったら?」
『あの個性的なメンバーの中で、何事もなく料理を作ってフォローできるような女子がいるとでも?』
「……………」

下心なく、マネージメントを務められる女子が来るかと問われれば…頷けない。
初めて名物の“氷帝コール”を目にした時には、暫くショックが抜けなかった。

『その点、紅なら丸井くんがいるし。何だかんだで、立海テニス部から信頼を得てるわけだし』

下心がないとは言えないけれど、疎かにするような人間であればテニス部が認めるはずがない。
少なくとも、紅はあの真田とあの幸村の信頼を得ているのだ。

「…即答はしかねるわ」
『じゃあ、とりあえず話だけでも聞きに来てくれない?跡部が事前に見ておきたいって言うから』
「明日は無理だけど、明後日ならいけるわ。放課後でいいの?」
『OKOK!着いたら連絡くれる?迎えに行くから』

よろしくね!と言う声を聞き、通話を終える。
携帯を耳元から離し、ふぅ、と溜め息を吐き出した。

「…たぶん、ブン太は嫌がると思うんだけど…」

呟き、ちらりと時計を見る。
部屋の置時計は、既に10時を指していた。
眠るような時間ではないものの、気軽に電話していい時間でもない。
少しだけ悩んだ紅は、明日にしよう、と携帯を置いた。









合宿の話はどこまで伝わっているのだろうと思い、とりあえず幸村の元を尋ねた。
授業の合間、移動時間の前を利用して彼の教室を訪れる。

「ああ、強化合宿の話?まだ部員には伝えてないけど…今日のミーティングで話そうと思っていた所だ」
「やっぱり、そうなのね」
「どうかした?もしかして、食事係に呼ばれてる…とか?」

穏やかな笑顔で確信を突く彼に、「その通り」と肩を竦める。

「無関係な私が参加するのもどうかと思って…。料理部全体として参加ならわかるんだけど…」

他の部員も含める形で、料理部全体が協力するなら部の合宿として考えられなくもない。
だが、今回呼ばれているのは紅だけだ。

「…何だか、裏がありそうな話だね」
「幸村くんがそう言うと、本当にそう思えてくるからやめて…」
「はは。ごめんね。でもまぁ…俺たちも一緒だし、何かあってもフォローできるよ」

幸村がそう言うと、不安が嘘みたいに消える。
優しい笑顔なのに、どうしてこんなにも力強いのだろうか。
悩んでいるのが馬鹿らしく思えてきて、紅はそうね、と頷いた。

「雪耶が来てくれたら、丸井の集中力が上がるから助かるよ」
「逆になったらごめんね?」
「そうなった場合は…どうしようかな?」
「…ならないように努力します」

儚げな容姿と中身が一致しないのはいつもの事なので、早々に白旗を上げる。
そうしなければ、恐らくブン太が気の毒な事になってしまう。

「とりあえず、受けるかどうかは明日の話を聞いてからにしようと思うの。だから…」
「わかった。丸井には黙っておくよ。これでいい?」
「ええ、ありがとう」

肩の力を抜いてお礼を言うと、移動教室へと向かう。












その翌日。
紅は放課後の時間を利用して氷帝学園を訪れていた。
立海も小さくはないけれど―――規模が大きいと言うよりは、何だか豪華だ。

「紅~!」

お待たせ、と走ってきた彼女の動きに合わせ、制服のスカートが揺れる。
二日前の電話相手であり、氷帝学園生徒会の副会長を務めていた。

「おじさんには伝えておいたし、テニス部に案内するわ」
「うん、お願い。榊先生には挨拶できる?」
「後から顔を出すって言ってたから、その時でいいんじゃない?」

ついてきて、と促され、彼女と共に学園の敷地内を歩き出す。
他校の制服と言う事もあり、放課後の少ない眼差しが、控えめに二人に向けられた。
居心地が悪くないと言えば嘘になるけれど、気にしていても仕方がないので意識を外に逃がす。

「今回の合宿なんだけど…なんだか、おじさんが色々と考えてるみたい」
「…面倒事なら出来れば関わりたくないんだけど」
「ごめんね。あたしで良いなら行くんだけど…料理、駄目だし」
「…選手たちの健康どころか、命が危ういわよね…」
「そ、そこまでは酷くないって!…たぶん」

彼女は割と何でも卒なくこなし、跡部すらも認める秀才だが、家事全般だけは壊滅的だ。
煮物を作ったはずの鍋が一回で使い物にならなくなる。

「あれがテニス部の部室よ」
「……………」
「…うん。言いたい事は何となくわかる。今は部活も始まってるし、跡部だけが残ってるはずだから」

部室の前までやってきて、入るよ、とドアを開ける。
中学校の部活動の部室とは思えない様子は、外観だけではなかった。
細部までこだわった造りの室内。
カルチャーショックのような状況に、軽く眉間を押さえる紅。

「来たか」
「うん。あたしの親友で、立海三年の料理部部長。他は話した通り。跡部の事は―――」

知ってるよね?と言う確認に、紅は静かに頷いた。
テニス部と関わる事も多いので、面識がないわけではない。

「呼びつけて悪かったな」
「ううん。良い返事をできるかどうかはわからないけど、一応話だけでも聞かせてもらおうと思って」
「ああ。お前はもういいぞ。ここからは関係者だけだ」
「はいはい。どうせ生徒会の仕事も残ってるし、部外者はさっさと退散するわ」

二人の会話を見て安心したのか、彼女はひらりと手を振って部室を出て行った。

「さて…早速本題に入る」

促されるままに向かいのソファーに腰をおろすと、タイミングを計ったようにコーヒーが用意された。
もちろん、跡部本人が用意したわけではない。

「これが合宿の資料だ。目を通してくれ」

渡された数枚の資料を読んでいく。
合宿開始の日時、場所、時間ごとの細かいスケジュール。

「…普通の、合宿ね」

“おじさんが色々と考えてるみたい”と言っていたから、何か普通じゃない事態が待っているのかと身構えた。
けれど、ふたを開けてみればごくごく普通の合宿のようだ。
思わず呟いた紅に、跡部がニヤリと口角を持ち上げる。

「それは選手たちにも配布する、表向きの資料だ」
「…“表向き”…?」
「ああ。今回の合宿は―――」

12.02.18