スイートピー
丸井 ブン太

今年のホワイトデーは珍しく日曜日。
学校が休みだから恋人との時間が沢山取れると喜ぶ者もいれば、意中の人に会えないと肩を落とす者もいる。
そんな中、いつもと変わらず休日返上で部活を行っている立海テニス部。
本来ならばきっちり夕方まで練習があるのだが、今日くらいはと幸村の一存で昼までに決定した。

「いつもは蔑ろにしてる恋人にサービスすべきだよ。まぁ、独り身はゆっくりと身体を休めようか」

有無を言わさぬ彼の空気により、反対する部員は一人もいなかった。
それを聞いた紅は、幸村くんらしいね、と笑うだけ。
昼頃に紅が学校に来て、そこでブン太と合流する。
その後の予定に関しては、今日と言う日なので彼に任せていた。

「今日は昼から俺ん家な」

テニスウェアから制服に着替えた彼は、一番に部室から出てきた。
紅の顔を見るなりそう言った彼に、彼女はうん、と頷く。
彼は彼女の隣に並ぶと、その腕に提げたペーパーバックを受け取る。
袋の大きさの割りに、中身はほとんど入っていなかった。

「配れたのか?」
「大体ね。予備に持ってきたの、レギュラーにお裾分けしてもいい?」
「紅がしたいならな。あ、ひとつは俺にくれよ?」
「うん、もちろん」

笑顔で小袋のひとつをブン太の手に乗せる紅。
ブン太は彼女の頭を一撫でしてから、ペーパーバッグを手に部室に戻っていった。

「紅からの差し入れー!」

部室までの道のりでそう声を張り上げると、丁度部室のドアを開いた幸村がそれに反応した。
彼はブン太からそれを受け取って、のんびりと追いついてきた紅に微笑む。

「ありがとう。雪耶はお菓子が上手だから、嬉しいよ」
「余り物でごめんね?」
「構わないよ。雪耶にとっての今日のメインは女の子たちだからね」

ちゃんとホワイトデーのお返しなのだと理解している彼。
やはり、頭の良い人との会話は楽だ。

「こちらこそ今日の部活、ありがとう」

紅のためと言うわけではないだろうけれど、理由の一部を担っている事は確かだろう。
ブン太の隣で嬉しそうに微笑んだ紅を見て、彼もまた、穏やかな表情を浮かべる。

「そう言う表情が見られただけで十分価値があったよ。それに、こうでもしないと真田の彼女が可哀想だし」
「…確かに」

真田がホワイトデーの存在を知っているとは思えない。
悠希は、バレンタインデーにはビターな抹茶チョコを用意していた。
何故それを知っているかというと、紅が教えるバレンタイン前の公開お菓子教室に参加していたからだ。
渡せました!という報告メールが来ていたから、あのチョコは無事に真田の手に渡っている。

「おっし、帰るか。お先ー」

歩き出すブン太に連れられて、紅も別れの挨拶をしてから彼の隣を歩き出す。




「幸村、まだ居たのか」
「あぁ。これ、雪耶からの差し入れだよ。皆の分もあるし、持って帰って」

部室から出てきた真田にペーパーバッグを差し出すと、彼はその中身を覗き込む。

「菓子か…俺は遠慮しておく」
「そう?まぁ、無理にとは言わないよ。確かにホワイトデー用だし、真田には難しい甘さかもしれないしね」
「ホワイトデー?何だ、それは」
「………うん、予想の範囲なんだけど…彼女が気の毒だよ、本当に」

予想通りの結果だが、寧ろそれが外れた方が良かっただろう。
全くわからないらしい真田に、幸村は溜め息を吐き出す。

「教えてあげるから、とりあえず中に戻ろうか」
「それは構わないが…俺に関係する事なのか?」
「凄く関係すると思うよ。ほら、入った入った」

















ブン太が着替えるまでの間リビングで待たせてもらう。
日曜日という事もあり家族は出かけているのか、家の中には誰も居なかった。

「紅はここな!」

対面式キッチンほど近い場所に設置されたテーブル。
薦められるままにそこに腰を下ろした紅は、ブン太にそう言われた。

「座ってろって事?」
「そー言う事!俺の天才的妙技を堪能しろよ」

そう言ってブン太は紅に向けてVサインをした。
キッチンに立っているからなのか、トレードマークのフーセンガムはない。

「うん、楽しみにしてる」

そんな紅の返事に満足したのか、彼は早速準備に取り掛かる。
と言っても下準備は既に終わっているのか、彼が用意を始めたのは器からだ。
お菓子好きで、自分も多少は作った経験のある彼の手つきには迷いがない。

「ん?」

ふと、テーブルの上に置かれていたブン太の携帯がヴーヴーと震えた。
マナーモードを解除していなかったらしい。

「ブン太、メール」
「誰から?」
「…真田だね」

サブディスプレイに表示された名前を読み上げる。
ずっと手元に視線を向けていたブン太が顔を上げてこちらを見た。

「読んでくれるか?」
「はいはい。えっとね―――あら」

折りたたみのそれを開いて新着メールの内容を読む。
ざっと目を通した紅は、きょとんと目を瞬かせた。

「何て?」
「“今日は返しをする日だと聞いたが、どんなものを返せばいいのか教えてくれ”だって」
「…真田が!?」
「うん」
「すっげー進歩だな。当日今頃になってって所が真田らしいけど」

教えたのは幸村だろうなぁ、と二人で笑う。
あえてブン太に聞いてきているのは、軽くしか教えてもらえなかったからだろう。

「お返しって何のお返しなのかわかってるのかしら」
「どうだろうなぁ。…俺、手が離せねぇから、返事しといてくんね?」
「はーい。何て返す?」
「“自分で好きに考えろ”…って返すと日が暮れるだろうな。“とりあえず会え!”でいいか」
「今から用意するのは大変だから…妥当なところね」

頷きながら、慣れない手つきでブン太の携帯を弄る。
身を乗り出してこれでいい?とディスプレイをブン太の前に向けた。
OKが出たのでそのまま送信ボタンを押して携帯を置く。

「おっし!完成!!」

左右から見栄えを確認した彼がそう声を上げる。
彼が運んできたそれは、胸を張るに相応しい綺麗な仕上がりのフルーツパフェだ。

「へぇ…綺麗ね」
「フルーツの甘さならいけんだろ?」
「うん。フルーツの甘さは好き」
「よし!バレンタインと…いつも美味いもん食わしてくれてサンキューな!」

召し上がれ、と差し出されたそれ。
自分が作って食べてもらう事の方が多いから、少しだけ照れくさい気がする。
けれども、それ以上の嬉しさがこみ上げてきた。
パフェスプーンで一口分を掬って口に含めば、ひんやりとした程よい甘さが舌を撫でていく。

「これ、全部手作りなのね」
「お、やっぱわかるんだな。アイスから俺の手作りだぜ!愛情たっぷり込めといたからな!」
「うん。凄く美味しい」

嬉しそうに笑った紅に、彼も同じように笑って、自分用に作ったパフェにスプーンを通す。
ほのぼのとした空気の中、再び震えだす携帯。
片手でそれを取り上げて中身を確認したブン太は、返事をせずにそれを折りたたんだ。

「いいの?」
「一から全部説明するほど暇じゃねぇからな」

困っているだろう真田には気の毒だけれど、ここは自力で頑張ってもらおう。
くすくすと笑ってから、ウサギの形に切られたリンゴに噛り付いた。


その日の夜、紅の携帯に悠希からのメールが入っていた。
突然たずねてきた真田に驚いたけれど嬉しかったという感じのメール。
二人のホワイトデーもとりあえず上手くいったようだ。

花言葉:恋の愉しみ
10.03.15