スイートピー
丸井 ブン太

話を聞いているうちに、開いた口が塞がらなくなってしまったのは、仕方のないことだと思いたい。

「そっかー…いきなり家族に紹介されればパニックにもなるわよねぇ…」

話が一段落して、漸く口に出来たのはその程度の感想だ。
顔を赤くしてそうなんです、と握った拳の中にあるタオルがくしゃりと皺を作る。

「私、そんなに酷い格好ではなかったと思うんですけど…先輩はどう思いますか!?」

そう言って突き出された携帯の画面には、何だか慌てた様子の悠希の姿が映っている。

「…どうって…真田好みの清純な白いワンピースが良く似合ってると思うけど」

まさか、昨日のお宅訪問の際の服装をカメラに収めたと言うのだろうか。
誰かに―――この場合は紅だが―――評価してもらいたくて、わざわざ写真に撮ったのだろう。
何と言うか…涙ぐましい努力だ。

「その格好だったなら、真田の親御さんやお兄さんの印象も良かったと思うわよ、きっと」

紅が言えるのは精々この程度なのだが、それでも悠希にとっては満足だったらしい。
安心したように肩の力を抜いて、よかったぁ~、と座り込む。
いつも思うことなのだが、彼女…相手が真田で、大丈夫なのだろうか。
自分に厳しく、他人にも厳しい男。
細かい気回しなど出来ないあの男に、ふわふわとした天然交じりの彼女がついていけるのだろうかと。
ふと、後輩の将来が心配になってしまうのも無理からぬ事だった。

「で、来週は悠希ちゃんのご両親にご挨拶、ってわけね。………本当に…怒濤の侵略ね」

最後の一言は口内で呟くような小さなものだった。
悪い人間ではないと言う事は知っている。
けれど、男女間の付き合いとなれば話は別だ。
誰か、あの男に一般的な中学生男女の付き合い方を教えてあげてくれ。
切実に、そう思う。




聞けば、悠希の父親は中々厳しい人のようだ。
もちろん、真田の家とは比べ物にはならないけれど。
一人娘を持つ父親としては、至極当たり前の感性を持った人だと言うことだけは確かだ。
彼女は、そんな父親に真田との付き合いを打ち明けていないらしい。

「…まぁ、言えないって言う気持ちもわかるけど」

事前に話もなく、いきなり彼氏を連れて行く方がよほど良くない状況になる事は、想像するに容易い。
複雑な父親の心中を思えば、先に伝えることを優先すべきだと告げる。
彼女は躊躇いながらも、わかっている、と頷いた。

「母には気付かれたみたいなんですけど…その、タイミングを逃しちゃって…」
「あぁ、何となくわかるわ」

一度タイミングを逃してしまうと、改めてそれを作ると言うのは難しいものだ。
はぁ、と溜め息を吐き出す彼女に、仕方がない、と腰を上げる紅。

「とりあえず、もうすぐ休憩だから。ドリンクを持っていこうか」

こうして話をしながらも、ちゃんと用意が整っている辺りは流石立海マネージャー。
よ、と籠を持ち上げる彼女に続き、悠希はタオルの籠を持って立ち上がった。













「…マジ?」

膨らましていたガムがぱんっと弾けた。
ふわりと慣れ親しんだグリーンアップルの香りが鼻腔を擽る。
無意識に少しだけ唇についたガムを口内に引きずり込みながら、丸い目を瞬かせるブン太。
そんな彼の反応に、何が不思議だと言わんばかりの態度を見せているのは、皇帝、真田弦一郎。

「ふざける必要がどこにある?」
「いや、そうなんだけどよ…」

マジで?と呟くように繰り返す。
それだけ、真田の言っている事はブン太にとっての常識を逸脱していたのだ。

「普通、いきなり親に紹介するとか言われたら戸惑うだろ」
「交際する以上、親に紹介するのは当然のことだろう。何を不思議に思うことがある」
「っつーか、中学生で親に挨拶とかしねーって」

ないない、と手を振ってそれを否定するブン太に、真田の眉間の皺が深まる。
つくづく中学生らしくないと思っていたけれど、男女交際においてもそれを発揮するとは思っていなかった。
少しだけ、彼の相手である悠希に同情するブン太。

「お前は雪耶とは長く交際していたな」
「あー…まぁ、な。ジャッカル、何年だっけ?」
「俺に振るのかよ!…1年半くらいだろ」

偶然横を通ったジャッカルが思い出すように答えた。
付き合い始めたと聞いたのは、確か2年の春。
今が3年の秋なのだから、その期間はおよそ1年と半年だ。
尤も、ブン太が紅を意識したのは、それよりも更に3ヶ月ほど時間を遡るのだが。

「まさか、それだけの間交際しておきながら、挨拶のひとつもしていないと言う事はないだろうな」

ぎろりと音がしそうな目で睨み付けられた。
ここでイエスと答えようものなら、容赦なく手が出てくるのは間違いない。
しかし、ブン太は冷や汗を掻く様子もなく、寧ろけろりとした様子でガムを膨らませた。

「紅に聞いてみりゃいいんじゃねーの?」

丁度来たみたいだしよ、と部室の方を見るブン太。
つられる様にしてそちらを見ると、ドリンクとタオルをそれぞれ抱えてくる紅と悠希の姿が見えた。
余談だが、先ほどの会話は全てダブルスの打ち合いをしながら行われた会話である。

「おーい、紅ー」

部室から一番遠いコートに居たために、少し声を張り上げなければ彼女には聞こえない。
ぶんぶんと手を振って彼女を呼べば、怪訝そうな表情を浮かべながらもこちらを見る。
一瞬、こちらへと踏み出そうとした足が不自然な歩幅を取る。
今すべきことを天秤にかけ、彼女はマネージャー業を選んだ。
そんな彼女を見て、ブン太は苦笑を浮かべる。

怒ったりはしない。
テニスよりも彼女を優先しない代わりに、彼女の行動を制限しないと決めている。
少しばかり切なく感じる時がないとは言わないけれど、彼女も同じなのだと思えば自然と受け止められた。

それに―――

「お待たせ、何か用事?」

待っていれば、彼女は必ずここに来てくれる。
ブン太は手渡されるドリンクとタオルを片手で受け取ってから、もう片方の手で紅の髪を撫でた。

「今日なんだけどな。お袋が、帰りに寄ってほしいって」
「お義母さんが?何かあったっけ…」
「新しいレシピを渡したいんだとさ。失敗しにくいから是非って」
「そっか。うん。帰りに寄らせてもらっていいのかな」
「ん。少しくらい話し込んでも大丈夫だぜ。俺がちゃんと送ってやるから」

何なら夕飯も食ってけば?と笑う彼に、彼女は微笑みながら申し訳ないけど、と答える。

「今日は家に帰らないと。お父さんが出張から帰ってるの」

ごめんね、と少し申し訳なさそうな彼女に対し、ブン太は嬉しそうな表情を見せた。

「そっか。じゃあ、家で食わねぇとな。一週間ぶりだろぃ」
「んー…そう、かな。ありがと。そう言えば、お父さんが今度連れておいでって。お土産があるみたい」
「おう。明日…は時間的に厳しいか。明後日、送ってくついでに寄るから。伝えといてくれ」
「了解。明後日ね」









二人の仲睦まじい会話を聞いていた真田は、タオルとドリンクを受け取ったままの姿勢で硬直。
それを見たジャッカルが、溜め息混じりに状況を説明した。

「あいつら、挨拶どころか両方の親もめちゃくちゃ仲良いぞ」
「………」
「ブン太の親は娘が居ないから雪耶をめちゃくちゃ可愛がってるし、ブン太も雪耶の親に頼られてるし」

二人は、一般的な中学生の付き合いよりは、少しばかり大人びた付き合いをしていた。
中学生と言えば家族を含まず、どちらかと言うと自分たち本位の付き合い方が主となる。
自然な形で互いの家族に迎えられている二人の関係は、ジャッカルから見ても羨ましいほどに良いものだ。

「…いいなぁ…紅先輩」

悠希がポツリと呟いた言葉は、真田の耳に届いているだろうか。

花言葉:恋の愉しみ
09.06.18