君恋
Extra story

「な―――っ」
「どう?可愛いでしょ!!折角だからあんたとお揃いにしてみたの」
「……………」

素直に褒めてくれるとは思っていないけれど、そこはやはり年頃の娘。
ほんの少しでも褒めてくれるかな、と期待した。

「恭介くん?」

沈黙する彼を見て、不安を滲ませる。
恭介の表情は、とてもではないけれど照れている部類のものではなかったからだ。
彼は紅をじっと見て、それから舌を打った。

「…全っ然似合わねぇ」
「恭介!あんた…!!」

明日菜が表情険しく彼を咎めた。
紅がどれほど緊張してこの場に立っているのかを知っているからこそ、言わずにはいられなかったのだ。
しかし、恭介はスッと冷めた目を紅に向け、リビングを出て行ってしまう。

「…ごめんね、紅。あの子、本当に素直じゃないから…」
「いえ…」

彼はお世辞を言うタイプではない。
どう見ても、あの反応は素直になれないからとは思えないものだった。
期待してしまっただけに、落ち込んでしまう紅。
明日菜は困ったように視線を彷徨わせた。
似合わないとは思わない。
確かに少し強引だったかもしれないけれど、紅にはよく似合う髪型だ。
これは、プロとしてはっきり断言できる。

「とにかく…行っておいで」
「え?」
「恭介と話、しておいで。似合ってないなんてありえないから、自信を持って」

大丈夫、と紅の背中を押す。















コンコン、と部屋をノック。
返事はない。

「恭介くん、あの…」

控えめに声をかけて数秒。
部屋の中から物音が聞こえ、ガチャリとドアノブが動いた。

「話、したいんだけど…駄目?」

恭介の目が紅を見た。
そして、彼女の髪に視線が動き…小さく溜め息。
そんな行動に、紅が奥歯を噛む。

「…入れよ」

腕でドアを開け、中へと促された。
本当ならば回れ右をしてここから離れたい気分だけれど、それでは駄目だと言う自分がいる。
ちゃんと話をしておかないと…明日からもまた、こんなギクシャクした関係になってしまうから。










中へと入り、いつもの定位置でお気に入りのクッションを膝に抱く。
白いアザラシの顔をモチーフにしたクッションは、この部屋には少し異質だ。
ゲームセンターで紅がねだり、恭介が取った景品。
部屋に似合わないから持って帰れと言う彼を押し切り、置いている紅の私物だ。

「…やっぱり、似合ってない?」

それを肯定する答えは聞きたくない。
けれど、聞かなければ話が先に進まない。
クッションに口元を埋め、問いかける。

「―――――」

微妙な距離を開けて座った恭介の手が、紅へと伸びる。
彼自身は武骨だと言い、けれど紅は優しくてあたたかいと好いている彼の手。
伸びた指先が、髪に触れた。

「折角…綺麗な黒髪だったってのに…」
「………黒、髪?」
「ああ。俺、お前の黒髪…結構気に入ってたんだよ。言わなかったか?」

とても残念そうな声色を聞けば、それが嘘だとは思わない。
と言うことは、もしかして。

「恭介くんが似合わないって言ったのは…」
「髪色。お前にはやっぱり黒が似合うってのに…こんな色にしちまって」

勿体ねぇ、と呟く恭介。
その言葉を聞いて、胸のあたりにつかえていたものが消えるのを感じた。
はにかむように笑うと、彼の指が頬を優しく摘まむ。

「笑うなよ」
「うん」
「うん、って言いながら、全然改善されてねーんだけど」

らしくないと思ったのだろうか。
照れ隠しのようにそう言った彼に、もう一度、うん、と頷く。

「ねぇ、恭介くん」
「…んだよ」
「少しの間だけ、あっちを向いていてくれない?」
「はぁ?」
「お願い」

意味が分からないながらも、重ねたお願いに渋々ながらも従ってくれる彼。
その背中を見つめながら、彼女はあることをした。
そして、前でぶつぶつと呟く彼の背中に抱きつく。
ギュッとしっかり抱きつくと、彼女の髪がさらりと揺れた。

「ぅお!な、何すんだ!!」
「……………」
「おい、何とか言えよ―――って、お前…」

正面から見ていなくても、気付いたのだろう。
自分の頬のあたりに流れてくる黒髪。
それが自分のものであるはずがなく、となれば答えは一つ。
恭介は首に絡みつく腕を解き、身体を反転させつつ彼女を引き寄せた。
胡坐をかいた膝の上に上半身を倒れこませる紅。
彼女の髪は、恭介が褒める美しい黒色だった。

「…あ?」
「これ」

ひょいと背中に隠していた物を持ち上げる。
それは―――










「あーあ。絶対似合ってるのに。恭介は何で怒ってたのかしら」
「…色、じゃないの?」
「色?」
「ほら、恭ちゃんは前に言ってたじゃん。『紅の黒髪が綺麗だ』って」
「そのお気に入りが赤くなれば、誰だって怒りたくなるんじゃない?」
「なるほど…それなら大丈夫だわ。だってあれ、ウィッグだから」










「お、ま、え、なー!!」
「ごめんなさいっ!軽いし蒸れないウィッグだから私も忘れてたの!」
「ごめんで済むか!!」

膝の上に乗せたまま、彼女の髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜる。
やっとの思いで脱出した紅は、乱れた髪に唇を尖らせた。

「もう!折角明日菜さんが綺麗にしてくれたのに!」

文句を口にしながら手櫛で髪を整えていく。
プロに整えてもらったお蔭で、櫛を使わなくてもすぐに元通りだ。
漸く髪を直し、改めてクッションを抱く紅。
二人の間に、先ほどのような居心地の悪さはない。
再び伸びた手が、やはり彼女の黒髪に触れた。

「…やっぱ、お前は黒だな」

似合ってる。
正面から告げられた褒め言葉は、本日一番の効力を発揮した。

11.04.30