鋭い彼からの助言  番外編:君と歩いた軌跡

「頑張ってるよね、桜木くん」

応援と呼んでいいのかわからない、半ば野次のような応援を飛ばしていた桜木軍団。
その後ろから連中の元気さに静かに笑みを浮かべていた水戸は、声に反応して振り向いた。
そこには籠いっぱいに入ったタオルを運んでいる最中の紅がいる。
他のメンバーは彼女の声に気付かなかったようだ。

「あぁ、そうだな」
「君たちも応援に精が出るね」
「応援…か?」

ドリブルを失敗した桜木に、思い切り笑い転げる彼ら。
彼らを見て肩を竦めると、彼女はクスリと笑った。

「応援だよ。桜木くんが一人じゃないって思えるでしょ?」

基礎練習に勤しむ彼は、未だゲームに参加できない。
けれど、ゲームではなく彼自身に言葉をかける桜木軍団の声は、彼の力になっているはずだ。

「相変わらず優しいな、雪耶さん」
「見たままの感想」

そう言った彼女は、よっと籠を抱えなおす。
彼女の細腕には少し重そうに見えた。

「手伝おうか?」
「あ、じゃあ、お願いしようかな」

躊躇いもなくあっさりとそう答えた彼女は、そこの籠を持ってきてくれる?と言った。
指差された籠を抱えて、歩き出した彼女の隣に並ぶ。

「普通は少しくらい遠慮すると思うけど」
「人の厚意は素直に受け取ることにしてるの。まぁ、建前じゃない場合に限るけど」
「なるほど」

彼女らしい、と思った。
そして、物干し代わりに紐が張ってある近くの洗濯場まで籠を運ぶ。
少し奥まったそこに用がある人は少ない。
二人以外は誰もいないそこは、バスケ部の練習の声も少し遠かった。

「ありがとう」

洗濯機の前で籠を受け取った彼女。
バサバサとタオルを洗濯機の中にいれ、次の籠を持ち上げた彼女を見ていた彼は、不意にその口を開いた。

「流川とは相変わらず続いてるんだな」

ゴトン、とタオルが入った籠が紅の手から滑り落ちた。
彼女は慌てる様子もなくそれを拾い上げ、中身を移す。

「続くって?」

籠を落とす一面がなければ、違っていたのだろうかと思ったかもしれない。
しかし、彼女が一瞬でも驚いたことを知っているからこそ、自分の予想が確かだったと悟る。

「流川と付き合ってるんだろ?」

紅はスタートボタンを押してから水戸を振り向いた。
じっとその目を見つめ、やがてはぁ、と息を吐き出す。
彼の表情にからかう様子はない。

「…いつから知っていたの?」
「高校に入ってからだよ。確信したのはついさっき」
「…わかりやすいのかな…」
「いや?他の誰も気付いてないんじゃないかな」
「…じゃあ、君が鋭いのね」

彼女はそう言って、諦めたように笑った。

「桜木くんには…伝えてないよね。水戸くん、そう言うのは口外しそうにないし」
「言ったら流川に食って掛かることはわかりきってるしな」

その光景がありありと想像出来てしまったのか、彼女は確かに、と頷いた。
今でさえ流川を目の敵にしている彼のことだ。
紅と付き合っているなんて知れば、怒り狂う事烈火の如し、だろう。
ただでさえ現在の想い人である晴子の想いが流川に向いているのだから。

「もしかして、花道が告白した時にはもう付き合ってた?」
「…うん」

隠しても無駄だから、そう頷く。
そっか、と答える彼。

「振られたのが流川の所為だと知ったら…花道の血管が切れそうだな」
「…そうだね」

ごめんと言うのはおかしい。
桜木の恋愛感情を受け入れることが出来ないから断ったのだ。
けれど、付き合っている事を彼の友人に知られた現状は、思いのほか居心地が悪い。
事実を知られたのは彩子に引き続き、二人目だ。

「もう少し気をつけないと…」
「ん、何?」
「ううん。気を引き締めないと、って話」
「大丈夫。雪耶さんはわかりにくいから」

紅は、と言うことは、もう一人…流川に原因があると言うことだ。
首を傾げた彼女に、水戸は僅かに笑いながら答える。

「冷静に見てればわかるよ。流川は他の女の子には無関心すぎるから」

流川に惹かれている子は、彼に特別なんていないと思い込んでいる。
時折、彼が垣間見せる紅に対する優しさは、その思い込みの所為で見えていない。

「雪耶さんはどっちかって言うと遠慮してる気がするな」
「…どこまで鋭いの?」

嫌になっちゃう。
紅がそう苦笑すると、彼は軽く肩を竦めた。

「まぁ、俺は誰にも言うつもりはないからさ。安心してよ」
「うん。…信じるね」

その表情は苦笑い。
でも、その目は微塵も彼のことを疑ってはいなかった。

「あのさ、これは俺の意見なんだけど―――」













昨日の今日で、学校生活について色々と考えていた紅。
意味なく廊下を歩いているように見えたのか、社会担当の先生からクラスの問題集を返される。
大丈夫か?と問われてはいと答えてしまったのが運のつき。
薄い問題集も40人分となれば意外と重い。
教室まで運べるかな、と思ったところで、前に影が出来た。

「あれ、流川。廊下にいるなんて珍しいね」

見上げた先にあった無表情が自分を見下ろしていた。
放課後以外を寝てすごす彼が廊下を歩いているのは珍しい。
そう言った彼女に答えずに、流川は彼女が持っていた問題集を半分以上奪って歩き出した。
一旦はその背中を見送りそうになった紅だが、慌てて彼についていく。

「ありが―――」

ありがとう、とお礼を言おうとして、ハッと気付く。
彼がこういう風にさりげない優しさを見せる所為で気付かれてしまうのでは、と思い至ったのだ。
これ以上広めないためには、この行動を改めてもらう必要がある。
必要が、あるのだけれど―――

「…ありがとう」
「…どーってことねー」

やはり嬉しいから、このままでもいいかなと思う。

―――無理して遠慮する必要、ないんじゃない?笑っててあげてよ、花道のためにもさ。

優しすぎる桜木の友人の言葉が、ほんの少しだけ紅を素直にさせたのかもしれない。

10.01.08