Telephoneシリーズ  番外編:君と歩いた軌跡

「はい、紅です」
『――――――』

見知らぬ番号からの電話は、無言電話でした。





「もしもし?」

一応、と思って出てみたのだが、相手は依然としてだんまりを決め込んだまま。
通話料は向こうが支払うことになるのだから、長期戦になろうがこちらとしては構わない。
無言電話は気味が悪いけれど、この電話は何故かそう思えなかった。
電話の向こうから、相手の戸惑いや躊躇いの空気が流れてきているような気がするのだ。
それを感じた紅は、ふと考える。
もしかして、相手は―――

「流川?」
『…番号もらったから…電話した』

少しの沈黙の後、そんな返事が返ってきた。
それに対し、やっぱり、と思う。
何となく、彼のような気がした。
こう言うやり取りは、見知らぬ番号の主とはすべきではない。
想像した人物像を肯定されてしまうと、たとえ声が違ってもその人と話しているような気分になるからだ。
オレオレ詐欺、と呼ばれるそれは、こう言ったやり取りから始まることが多い。
人間の思い込みと言うのは、中々どうして侮りがたいものなのだ。

「驚いた。知らない番号だったから…。そう言えば、君にアドレスを渡してあったね」

忘れてたよ、と笑う。
電話口からはまた無言が返ってきた。
しかし、相手が流川であるとわかった以上、その無言は自然な事のように思える。
それにしても。

「アドレス渡したの、もう二週間も前だったと思うけど…よく失くさなかったね」

全てのこと、とは言わないけれど、かなりの事に無関心な彼のことだ。
メモ用紙に書き記したアドレスなど、部屋の中でどこかに埋もれさせてしまったのだと思っていた。
別に、同じ学校なのだから連絡が取れないと困ることはない。
だから、紅は今の今まで…それこそ、彼からの電話がかかってくる時まで、教えたこと自体を忘れていた。
このくらいの大らかさがないと、彼とはやっていけないのだ。

「それで?何か用事だった?」
『…いや、別に』
「そっか」

その言葉を最後に、プツリと途絶える会話。
元々、紅自身は長電話を楽しむタイプではない。
どちらかと言うと顔を合わせて話す方が好きで、友人の電話に付き合う場合は専ら聞き手。
そんな彼女に輪をかけて喋らない男との電話ともなれば、会話が途絶えるのは当然のことだ。
何かを話さなければ、と思うけれど、すぐに話題が出てくるわけでもない。
結局、頭に浮かんだのは二人の共通点とも言える、バスケのことだった。

「明日の部活…終わるのはいつも通りの時間?」
『あぁ』
「そっか。放課後は委員会の仕事があるから、私の方も遅くなると思う」

そう言ってから、いくらなんでも委員会の仕事が彼の練習以上に長引くことはないだろうな、と思う。
どの道、待ち合わせ場所を変える予定はないのだから、問題はないだろう。

「あ、ついでだから、電話を切ったらメールも送ってね。こっちは流川のアドレスは知らないから」
『…あぁ』
「それから…明後日は、早く帰らないといけないから、先に帰るね」
『……あぁ』
「…起きてる?」
『…眠い』

人と電話をしているのに眠いとは…なんと失礼な人だろうか。
しかし、同時に彼らしいとも思う。
人付き合いは得意ではない彼だけれど、恐らくこのまま電話を切らなければ付き合ってくれるだろう。
電話の向こうで舟を漕ぎながらでも。

「…練習で疲れてるんでしょ?今日も遅くまで練習したんだし。無理にかけてくれなくても良かったのに」
『――――――』
「流川?寝ちゃった?……おーい」

向こうが沈黙になり、そう呼びかけてみる。
程なくして、小さな声が返ってきた。

『――――かよ』
「え?」
『…何でもねー』
「ちょ…気になるから!」

そんな中途半端にとめないで、と言って、何とか彼の意識を保たせようとする。

『………お前は嬉しくねーのかよ』

どこか拗ねたような声が聞こえ、紅の思考回路がどこかで寸断される。
即座に修復され、数秒後には脳が正常に動き出し―――混乱を招いた。

「や、嬉しくない…と言ったらもちろん嘘になるけど…。私が言いたいのはそうじゃなくて…!」

無理をしてくれるなと言いたかっただけであって、電話そのものを咎めているわけでも何でもない。
何度か説明を重ねたところで、漸く彼を納得させることが出来た。
結論としては、無理に電話せずに眠い時は素直に寝ろ、と言うことに。

「君の限界も近いみたいだし…切るよ?」
『…あぁ』
「じゃあ…おやすみなさい」

そう言って、電源ボタンを押さずに暫く待ってみる。
一向に通話が切れないところを見ると、電話に慣れない彼は、タイミングを計りかねているのだろう。
ふぅ、と肩の力を抜いて、電源ボタンに指をかける。

『――――』

何かが聞こえたところで、ボタンを押してしまった。

「え?」

聞き間違い…だったのだろうか。
いや、しかし…。
少し熱を孕む頬を意識しつつ、紅は辛うじて聞こえた言葉を脳内でリピートする。




紅が落ち着いた数分後。
彼女の携帯がメロディを奏でた。
メール着信を伝えるそれに、誰からだろう、と思う。
しかし、メールを開いてみれば、相手はすぐにわかった。
思わずプッとふきだしてしまうような内容のメール。
何の絵文字も捻りもなく、ただ「ねむい」とだけ書かれた本文には、笑い以外に返す言葉が見つからない。

「…彼らしいなぁ、もう」

電波の混雑が原因でなければ、この短いメールに数分間を費やしたと言うことだろう。
慣れるまでは暫くかかりそうだな、と思いながら、届いてきたメールを保護設定にしておく。
彼がメールに慣れた頃に、このメールを見せたら…どんな反応を返してくれるだろうか。
その時のことを想像して、紅はクスクスと笑った。

08.07.17