流離のトレーナー
イッシュ地方 編
「勝者!流離のトレーナー、コウ!!」
審判の声が高らかにそう宣言する。
「属性の不利をものともしない良いバトルだった。君のツタージャはとても鍛えられているね」
将来が楽しみだ、そう言ってポッドが握手を求めて手を差し出してきた。
炎属性の使い手らしい、ガッツのある性格の青年だ。
しっかりと握手を交わしてから、彼からトライバッジを受け取った。
まずは一つ目。
ケースの中で光るバッジを見下ろし、口角を持ち上げる。
「やったね、ツタージャ」
しゃがんで目を合わせ、バトルで汚れてしまった頬を指先で拭う。
褒められたと理解したのか、ツタージャは嬉しそうに笑った。
「惜しかったです。君のポケモンが水タイプだったら、僕が相手だったのに」
「そうですね。君の戦いは…短い時間だったけれど、とてもワクワクしました。他のトレーナーとは何かが違う」
デントとコーンがそう言った。
自分が相手をしたかったと残念がる彼らは、根っからのトレーナーなのだろう。
コウにも、心が躍る相手とのバトルを求める気持ちはよくわかる。
この数年、コウはずっと、そう思わせてくれるパートナーと一緒だったから。
「私がここを出てどれくらい経つかわからないけど…ピカチュウを連れた、トレーナーが来るわ」
「君の知り合い?」
「私のパートナー。楽しみにしていて」
「へぇ…強いの?」
「…ええ、私よりも」
コウが勝ったのは、立ち止まっていたレッドだ。
再び歩き出してからの彼には、まだ勝てていない。
ずっと隣で見てきたから、彼こそ最高のトレーナーだと思っている。
言葉数の少ない彼の心を知るのは難しいけれど、ポケモンに対するどこまでも真摯で誠実な心は知っている。
そんなレッド自身も、いつかは追いつき、追い越すかもしれない彼女の成長を楽しんでいるのだとは知らなかった。
ジムの外に出たコウは、照りつける日差しに思わず目を細める。
今日中に次の町に着きたいと思っていたから、朝早くからジム戦に挑んだ。
既に真上近くまで昇った太陽は、容赦なくコウを見下ろしてくる。
「ツタージャ、暑くない?」
この日照りは草ポケモンには辛いかもしれない。
コウの心配に答えるように、少しだけ尾を垂らし気味にしたツタージャが大丈夫だと声を上げる。
本人が大丈夫だと言うならば、無理強いはしない方が良いだろう。
トレーナーとして長いコウは、見ただけでもある程度はポケモンの体調を管理できる。
限界ではないと理解し、今回はツタージャの意思を優先する事にした。
ジムを出て数歩。
進む先の道に、一人の青年がいた。
通行人ではない空気。
それを感じ、コウが足を止める。
―――トレーナー…?それにしては、何だか少し…雰囲気が違う。
コウが気付くよりも前に、青年は彼女を見ていたのだろう。
二人以外の時間が止まったかのような無音。
「君も、トレーナー?」
「……ええ。あなたは、違うわね」
コウの言葉に彼は少しだけ目を見開き、やがてふわりと微笑む。
その表情が年不相応に幼く見えた。
「ポケモンは僕のトモダチだ」
「あ、その考え方は好き」
深く考えた上で言った言葉ではなかった。
コウはただ、会話の一つとして言っただけ。
それはまさしく、彼女の本心だった。
「偶にポケモンが道具だとか、そう言う考え方を持ってる連中を見ると虫唾が走るの。
この子たちは友達であり、仲間であり…パートナーだもの」
ね?と同意を求めるようにツタージャと卵を見る。
ツタージャは頷き、卵は揺れた。
可愛いなぁと微笑んでいたコウは、青年の表情に気付かない。
驚いたように、けれどどこか嬉しそうに、ほんの少しだけ口角を持ち上げ、空気を穏やかにした彼の変化。
「僕はN…君、名前は?」
「私はコウよ」
「コウ…か。僕とトモダチがどこまで行けるのか…試してみたい」
遠回しな言葉は、それがバトルを求めるものだとはわかり難い。
しかし、その答えに行き着いたコウは、傍らのツタージャを見る。
コウの考えが分かったのだろう。
彼は何も言わなくても、コウの前に立った。
「うーん…不思議な子だったわね。今までにはいないタイプだわ」
Nが去り、3番道路を進む。
勝負はもちろん、コウの勝利だ。
友達宣言するだけの事はあって、ポケモンを酷使するロケット団とは違っていた。
普通のトレーナーともまた違う雰囲気を持っていたけれど…あれはあれで、個性と言えるかもしれない。
このバトルのお蔭で、ツタージャはめでたくジャノビーへと進化した。
既定の進化レベルを5つほど遅れての進化だが、本人の意思なので気にしない。
進化の兆しが見え、けれど嫌がるツタージャを見て、進化させなかったのだ。
ポケモンにも意思があるのだから、早く進化したい子もいれば、進化を嫌がる子もいる。
基本的に、コウはそのどちらも本人の好きにさせていた。
ジャノビーに進化して、幼さが消えた。
ぐっと長さを増した四肢を見て、次の進化で更に長くなるタイプなのかな、と予想する。
何となく、ミロカロスを思い出した。
数多くのポケモンを育てたトレーナーとしての勘と言うのは侮れないものだ。
「君はもうすぐ―――」
腕の卵に話しかけたところで、その異変に気付く。
異変と言うよりは、前兆と言った方が正しいだろうか。
小さなヒビが、徐々に徐々に広がりを見せ…パキン、と殻が割れた。
『おー。そっちの旅は順調か?』
「うん。明日は二つ目のバッジを取りに行くつもり」
『ま、コウに限って負けるなんて思ってないけどな。ただ、そっちでキナ臭い動きがあるって噂だ』
固定電話を使った通話はこれで二度目。
恒例と言う程ではないが、驚くでもなく電話に出たグリーンの言葉に「噂?」と鸚鵡返し。
『ロケット団じゃなくてな…何だったか………プラチナ?違うな。なんかそんな感じの』
「曖昧だけど…要するに、自分たちの正義の押し売り活動をする妄想過激派って事ね」
『………。その類の連中が動き出してるらしい。気をつけろよ』
「うん、わかった。適当に懲らしめておくわ」
『いや、そう言う事じゃないんだが…まぁ、好きにしろ。ただ、ベストメンバーじゃねぇんだから、無茶はすんなよ?』
「そこは大丈夫。気を付けるわ」
これ以上言っても無駄とわかっているからなのか、グリーンはそこで諦めたように溜め息を吐き出した。
コウはレッドのように一団を壊滅に追い込んだりはしていない。
けれど、一部の町では一団の下っ端から幹部まで、完膚なきまでに叩きのめした英雄と噂される。
「レッドはどうしてる?」
『前の電話で飛び出してから音沙汰なし。そう言えば、あいつから預かってるものがあるから、転送しておく』
「ん。ありがとう。あとで確認しておくわ」
『そろそろだからな、って言ってたけど…意味、わかるか?』
「ものを見ればわかるんじゃないかな」
そこから、少しだけ雑談をして、通話を切った。
自由に使えるようにと設置されたパソコンに向き直り、グリーンから届いている道具を確認する。
届いている道具は全部で三種類。
炎の石、水の石、そして雷の石。
「…時期が来たら、考えようね」
コウは小さく笑い、腕の中のイーブイの頭を撫でた。
11.04.24