流離のトレーナー
イッシュ地方 編

「ここはどこ!?」

思わず声を上げるのも無理はない。
テンガン山の途中、吹雪の中に黄緑色のポケモンを見つけた時には驚いた。
凍えているらしいポケモンに保温ボトルに入れていた温かいスープを与えた。
そして、そう言えば何のポケモンなんだろう、と図鑑を向けた―――所までしか、記憶がない。
いや、記憶はないけれど、声が聞こえた事だけは覚えている。

「お礼に新しい旅に連れて行ってあげる?の結果がこれ…?」

目を覚まして一番に確認したのは場所でも自分でもなく、モンスターボールだった。
身に着けていたはずの5個全てが消えている。
ショックと言うよりは大事なパートナーたちがどこにいるのかが心配だった。

「…私は確かに刺激ある日々は好きだけど、それはパートナーあっての日々なのよ…」

ポケモンのいないトレーナーなんて、ただの旅人だ。
いや、野生のポケモンに対処できないのだから、旅すら続けられない。
とりあえず、脇に転がっていたバッグを引っ張り、膝の上に乗せる。
彼らよりもバッグを落とすべきだった―――なんて考えたのは、一瞬だけだった。

「う、わ!忘れてた―――わけじゃないけど、パニックで気付かなかった!無事!?」

バッグの中からころりと転がり出たタマゴに慌てる。
落ちた衝撃などは大丈夫なのだろうか。
360度から確認するも、ひび割れなどは見られない。
コウの心配に応えるかのように、ピクリと動く姿にこの上なくほっとした。

「とりあえず…私のパートナーは君だけになっちゃったみたいね」

どうしようかな…と空を仰ぐ。
それから、状況を把握しようと周囲に視線を向け…目を見開いた。
そこには見知らぬ女性が一人、ぱちぱちと目を瞬かせていたから。

「……………」
「……………」

両者の間に沈黙が下りる。

「お困りのようだったから声をかけようと思ったんだけど…タイミングを逸しちゃってね」
「それは…どうもすみません」

見たところ、研究員のようだ。
女性…研究員の女性を初めて見るわけではないけれど、珍しいことは確か。

「とりあえず…こんなところで座り込んでいるのも何だから、私の研究所にいらっしゃい。えっと…」
「あ、コウです。えっと…ああ、トレーナーカードは無事ね」

良かった、と胸を撫で下ろし、挨拶代わりにそれを差し出す。

「これは…どこの地方の町だったかしら。聞いた覚えはあるんだけど」
「あ、ホウエン地方です。あの、ここって…」
「ここはイッシュ地方よ。そう、ホウエンね。随分と遠いところからのお客さんみたいね」

とりあえず、いらっしゃい。
先ほどと同じ誘いを受け、コウはその女性の研究所へと向かった。












「グリーン、どうしよう!?すっごく貴重な体験をしちゃったのは嬉しいんだけど、大事なポケモンが!!」
『いや、挨拶も何もなくいきなり立て板に水のように喋られてもさっぱりわかんねーって』

コウを研究所に誘ってくれた女性はアララギと言うらしい。
オーキドたちと同じポケモン博士だ。
とりあえずここがイッシュ地方のカノコタウンだとわかったところで、電話を借りた。
カントーとジョウトで役に立ったポケギアは、電波の違いなのか通じない。
固定電話なんて何年振りよ、と呟きつつ回した番号は、おそらく現時点では一番役に立ちそうな人物の番号だ。

『とりあえず、落ち着け』
「…そうよね。ごめん」
『で、お前はコウで間違いないよな?っつーか、今の声と反応でこれっぽっちも疑ってないんだけど』
「うん、間違いないわ」
『じゃあ、代わるからちょっと待て。…おい』

電話口のグリーンの声が遠のいた。
誰かに代わる前に状況を聞いてほしいのに、と苛立ったコウの耳に、過ぎるほど冷静な声が聞こえる。

『コウ、か?』
「…レッド?」

思わず耳を疑った。
トキワジムに電話を掛けたのに、何故彼の声が聞こえるのか。
共に旅する彼の存在を忘れていたわけではない。
ただ、旅をしているが故に、ポケギアが不通では彼に連絡する術がなかったのだ。
驚くコウの耳に、よかった、と安堵する彼の声が続く。

「えっと…レッド、どうしてそこに…?これってトキワジムと繋がってるんだよね?」
『突然消えたから―――とりあえず、グリーンの所に来てみた』
「…心配、した?」

こんなこと、聞くつもりじゃなかった。
それなのに、混乱した頭がとりあえず見つけた言葉を紡ぎだしてしまっている。

『…当たり前』
「…そっか。うん、私も…不安だった」

きっと、今の表情は人が見れば呆れるようなものなのだろう。
そう自覚しながらも、緩む頬を抑えることが出来そうにない。

「私、イッシュ地方にいるの。アララギ博士って言うポケモン博士に保護してもらって、電話を借りてる」
『イッシュ…聞かない名前だな』
「私も初めて。それでね、えっと―――」

何を言えばいいのか。
心は落ち着いているのに、頭はまだそれに追い付いていないらしい。

『コウのポケモンならここにいる』
「え!?そこにいるの?」
『ああ。コウが消えた場所に、落ちていたから…俺が持ってきた』
「ありがとう!!全員無事!?怪我とかしてない!?」
『…ルカリオが“我々より自分の心配をしてくれ”って』

流石の波導も電話越しには使えない。
代弁してくれたレッドの言葉に、コウは脱力した。
彼の元にいるなら、皆は安全だ。

「よかった…」
『とりあえず、イッシュに向かう船を探して合流するから』
「私が行くよ?」
『そっちのポケモンに興味がある』

即答するレッドの頭は、きっと新しい冒険の事でいっぱいなのだろう。
思わず「彼らしい」と苦笑いを零した。

「うん、じゃあ―――」
『待ってて』

待ってるから、と言う前に、彼がそう言った。

『待ってて。迎えに行く』
「………うん。待ってる」

電話越しなのに、不安が全部消えた。
何も知らない土地だけれど、その言葉だけで立っていられる。

『おい、待てよ、レッド!!くそっ…おい、コウ。まだ繋がってるか?』
「あ、うん。ありがとうね、グリーン」
『お前、イッシュにいるんだったな?確か、ジョウトから船が出てるが、事故で暫く動かないぞ』
「そっか。わかった。折角だし、こっちでジムバッジでも集めようかな」

うん、いいかもしれない。
声に出してみて、少しわくわくした。
そんなコウの電話の向こうで、グリーンが苦笑する。

『さっきとは全然声が違うな。すっげーレッド効果』
「え、そう…かな?」
『ああ。その分なら、時間がかかっても大丈夫だな。じゃあ、こまめに連絡しろよ』

ありがとう、と言って受話器を下ろす。
振り向いた先に、アララギの楽しげな笑顔があった。

「アララギ博士、電話ありがとうございました」
「いいのよ、気にしなくて。電話の相手は恋人?」

質問の内容に頬を赤らめ、少し悩んでから頷く。

「いい恋人を持ったわね」
「そう…ですか?」
「ええ。電話だけで不安を全部消し去っちゃうなんて、そうそうできることじゃないわ」

良い表情よ、と頭を撫でられる。
遠い地でイッシュへの道を探してくれている彼を思い、少しだけ微笑んだ。

10.11.14