流離のトレーナー
「シロガネ山を下りるのは何日ぶりなの?」
空を飛ぶ準備をしながら、コウがレッドに問いかける。
用意するものなど殆どない彼は、ボールから出したリザードンの体調を確認している。
彼は少しの間をおいて、口を開いた。
「…三年ぶりくらいか」
「………三年!?」
目を見開いて驚きを露にする。
三年もこの山に一人で籠っていたと言うのか。
どんな強靭な精神だ。
それについてくる肉体も相当だと思う。
コウはちらりとレッドを見た。
山男のようにがっちりした体格ではなく、先日最後のジムで世話になったグリーンと似たような体格だ。
理科系のように完全インドアの細さはないけれど、しかし三年も山籠り出来るような身体なのだろうか。
思わず凝視してしまっているコウの視線に気付いたのか、レッドがこちらを向いた。
「…凄いね」
コウに言えることはそれだけだった。
シロガネ山の麓のポケモンセンターに顔を出す。
くれぐれも気をつけてね、と心配してくれたジョーイさんに無事を報告する為だ。
「こんにちは!」
自動ドアをくぐると、奥の部屋からジョーイさんが顔を出してくれた。
「あら、コウさん。無事に山を下りたんですね」
「はい。目的も達成しましたよ!」
そう言って彼女に向けてVサインを作る。
まぁ、と自分の事のように喜んでくれる彼女に、故郷の姉を思い出した。
そこで、ジョーイがコウの後ろのレッドの存在に気付き、驚く。
「…レッドさん?」
まるで幽霊でも見たような顔だ。
挨拶の代りなのか、軽く会釈をしたレッド。
「無事だとは思っていたけれど…元気そうで良かったわ。どうしたの?何か足りなくなった?」
戸惑いを消化して笑顔で物品の手配の準備をしてくれる彼女。
レッドはあまり口数が多い方ではないのか、黙っている。
「…彼、私と一緒に旅に出る事になったんです」
沈黙のままの彼に代わり、コウがそう説明した。
今度は、あら、と淡白な反応だ。
「そうなの…レッドさんを訪ねてくるトレーナーが残念がるわね」
「多いんですか?」
「いいえ、年に数人よ。私が事情を話しておくわ」
「助かります、ありがとうございます」
素直にお礼を言えば、気にしないでと言ってくれる。
ここを訪ねて来る人は本当に少ないから、十分すぎるほど暇があるらしい。
「さぁ、ポケモンを回復しましょうか」
「お願いします」
差し出したモンスターボールをセットし、ポケモンたちを回復してくれる。
次いでレッドのポケモンも回復し、彼らはセンターを後にした。
「レッドってマサラタウン出身なのよね?」
ポケモンセンターを出るなり、コウはルカリオをボールから出した。
レッドを振り向いて問いかけると、彼は一度だけ頷く。
「知ってるのか」
「うん。予想外の嵐に足止めされちゃってね、一晩お世話になったの」
ポケモンがよく懐きそうな優しい空気を持つ女性は、一人息子がいるのだと話してくれた。
最近は全く顔を見ていないけれど、便りがないのは元気な証拠だと笑っていた。
けれど、その表情がどこか寂しげだった事を知っている。
「マサラタウン、寄っていこっか」
「…必要ない」
「私、オーキド博士に用事があるの。シロガネ山への許可を出してくれたのあの人だし」
そう言うと、コウはポケギアを取り出してオーキド博士の番号に電話をかける。
数回のコール音の後、電話口に博士の声が聞こえた。
「こんにちは、博士。コウです」
『おぉ、コウか!シロガネ山はどうじゃ?楽しんでおるか?』
「はい、強いポケモンが多くて楽しめました」
『それは良かったのぅ。…ん?楽しめ、た?』
「もう下山しましたので。これから研究所にお邪魔しますのでよろしく」
言いたいことだけを言うとさっさと電話を切ってしまう。
行こうか、とレッドに声をかけて歩き出す彼女に続き、ルカリオも進む。
それを見た彼は少しの間悩み、やがて口を開いた。
「カントーでは見ないポケモンだな」
「え?あぁ、ルカリオ?そうだね、野生では見ないと思うよ。私もシンオウ地方にいる姉さんに卵を貰ったの」
「…シンオウに姉がいるのか」
「うん。シンオウでブリーダーをやってるわ。このルカリオは、姉さんとその恋人のルカリオの子供なのよ」
嬉しそうにニコニコと笑顔を浮かべて姉の事を話すコウ。
卵が孵った時とルカリオに進化した時に電話で連絡しただけで、ルカリオを連れて行ったことはない。
久し振りに顔を出して、強くなった彼を紹介するのもいいかもしれないと思った。
楽しげに今後の予定に想像力を働かせるコウの傍らで、レッドがじっとルカリオを見つめている。
ルカリオからの居心地悪そうな波動を感じて、コウがそれに気付いた。
「レッド、ルカリオが緊張してるみたいなんだけど」
あまり見ないであげて、と言うと、それに同意するようにレッドの肩にいたピカチュウが「ピカ」と頷いた。
どうやら、彼にも覚えがあるらしい。
多少眼力を和らげつつも、やはりルカリオを見る彼の様子に、暫くしてからふと気付く。
「………もしかして、ルカリオを育てたいの?」
「…興味はある」
「そっか。じゃあ、姉さんの所に行ったら頼んでみるね」
きっと、彼女なら喜んで卵を用意してくれるだろう。
素っ気なくて、一見するとポケモンに対する愛情が見えない彼。
しかし、時々労うように親しみを込めてポケモンを撫でる彼に気付いた。
他人には見えなくても、彼のポケモンにはその愛情はちゃんと届いているのだろう。
出会ってから僅かしか経っていないけれど、コウのレッドに対する印象は少しずつ変化してきている。
「姉さんはあんまりバトルしないんだけど、恋人の方は強いよ。楽しみにしてて」
「そうか」
彼は短く頷いて、ほんの僅かに口角を持ち上げた。
些細な変化だけれど、それに気付くようになればこの寡黙さも気にはならない。
「よし!とりあえずマサラタウンに行こうか!」
そう意気込んで、草むらへと踏み出した。
10.03.18