流離のトレーナー
「…いい加減にしなさいよ、アンタ!!」
勝負の途中だと言うことも忘れて、ビシッと指を突き出す。
コウの前には今しがた『じしん』の命令を遂行したばかりのフライゴンがいる。
あぁ、また始まったよ。
とでも言いたげに呆れたように息を吐き出し、飛ぶのをやめて地面に降りる彼。
時間がかかりそうだと言うその判断は間違っていない。
一方、指差された彼―――伝説のトレーナーと謳われるカントーのリーグチャンピオン。
チャンピオンに勝利した後、忽然と姿を消した彼は、ずっとシロガネ山で修行を積んでいたらしい。
これも噂だからどこまで本当なのかはわからないがの様子を見る限り、その信憑性は高い。
「ポケモン見てればどれだけアンタを信頼してるかはよーくわかるよ!?
だけどね、瀕死になった仲間を前に眉一つ動かさないってどうなの!?」
コウが苛立った理由はそこにある。
バトルを挑んだ者として、全力で立ち向かうのは当然のことだ。
挑戦者として、コウもまたそうしていた。
彼女の仲間も1匹が瀕死、HPが半分以下になってしまっているのが2匹。
倒れ、傷ついた仲間の存在に胸を痛めつつ、次の指示を出しているのだ。
ポケモンの傷は薬やポケモンセンターで癒えるけれど、怪我を負ったという事実が消えることはない。
だからこそ、バトルの最中に彼らが傷つくのが、とても辛い。
けれど、彼らがそれを望んでいることを知っている。
コウを信じて、共に頂点を目指してくれているとわかっているから。
「…それで何か変わるのか?」
レッドの返答に、コウは言葉を詰まらせた。
確かに、何も変わらない。
ポケモンを入れ替える姿が無表情であろうと、彼らはレッドを信じている。
だからこそ、彼はこの場所に辿り着いたのだ。
「…フライゴン」
コウが声をかければ、翼を休めていたフライゴンがふわりと浮かび上がる。
そして、顔を俯かせる彼女の傍らへと飛び、案じるように鳴いた。
「そうね。変わらないわ。でも、私があなたに勝ったなら…私も、間違っていないって証明になる…!」
顔を上げたコウは、決意を宿す目でレッドを見た。
彼は何も言わずに帽子をくいと下げ、次のボールを放り投げる。
どさり、と巨体が倒れる。
コウはそれを見届けると、慌てた様子で自分の鞄を漁り出した。
そして、元気の欠片と傷薬の類を掴めるだけ取り出す。
次から次へとボールからポケモンを出した彼女は、早速ポケモンたちの治療を始めた。
そんな彼女の様子を見て、レッドは僅かに目を瞬かせる。
全員をきちんと回復し、360度から悪いところがないかを確認すると、彼女はよし、と頷いた。
余った道具を片付けてから、改めてレッドに向き直る。
「待たせてごめんね。えっと…バトルしてくれてありがとう。
自分の信じてきた道に胸を張っていいんだってわかった。あなたのお蔭だね」
そういって、彼女は手を差し出した。
レッドは暫くその手を見つめ、やがてポケットから取り出したお金を握らせる。
「違うわよ!!誰がお金を要求したの!!アンタどれだけ常識がないの!?」
思わず渡されたお金を地面に叩き付けそうになるコウ。
そんな彼女を慌てて止めたのは、元気になった彼女のポケモンたちだ。
彼らを視界に入れることで落ち着いたらしい彼女は、はぁ、と深呼吸をしてからお金を財布に入れる。
そして、もう一度レッドに手を差し出した。
「握手」
今度は更にお金を要求していると間違われないように、わざわざ説明した。
レッドは相変わらず無言でコウの手を見下ろす。
痺れを切らした彼女は、強引に彼の手を掴んで握手を交わした。
「ったく…伝説のトレーナーがこんな人だとは思わなかったわ」
彼の手を解放したコウがそういって肩を竦める。
そして、彼女はうーんと伸びをした。
「さて、と。皆であったかいものでも食べに行こうか!」
シロガネ山は寒いねー、と自分の仲間に声をかける彼女。
やがてボールにポケモンを戻した彼女は、空を飛ぶ要員のフライゴンだけを手元に残していた。
いつもはボーマンダで移動するのだが、氷に苦手な彼に気を使った結果だ。
フライゴンと言う種族も氷には弱いが、彼女のフライゴンは霰の中を飛ぶのは嫌いではないらしい。
もちろん、氷技のダメージには弱いけれど。
「…どんな気分だ?」
「ん?」
フライゴンに跨ろうとした彼女の背中に、無意識のうちに声をかけていた。
律儀に振り向いた彼女に、もう一度同じ質問をする。
「どんな気分だ?頂点に立った、気分は」
「悪くないよ?この子達は強い!って証明されたわけだし。盛大にお祝いしたい気分」
そう言って褒めるようにフライゴンを撫でる彼女の表情はどこまでも優しい。
何故―――レッドの中に、そんな言葉が浮かんだ。
「目標を、失わないのか?」
レッドの問いかけに、コウの目が真剣みを帯びた。
「…ふぅん。あなたは失ったんだ?
チャンピオンを倒して自分が頂点に立った時、何をすればいいのかわからなくなった?」
レッドは答えない。
それが、答えだった。
「私は、君を倒すことが目標じゃないよ。この子達と一緒に、世界を回るの。リーグ制覇はそのついで」
「………」
「世界は広いわ。今この瞬間にも、世界は変化を続けている。
全てを知り尽くすことなんて出来ないから―――だから、私の進む道に終わりはない」
「なら、何故俺にバトルを挑んだ?」
その問いかけに、彼女はにこりと微笑んだ。
「戦いたいって言う仲間のチャレンジャー精神に応えないのはトレーナーじゃないわ」
ねー?と彼女はフライゴンに語りかける。
まるで言葉が通じているように、彼女に返事の鳴き声を上げた。
「一人の世界に閉じこもってちゃ勿体無いよ。あなたがここにいる間に、世界はどんどん変わってるよ?」
「…俺はただ、強くなろうとしただけだ」
「強くなるならここじゃなくてもいい。あなたが戦ってないトレーナーだって、沢山いるんだから」
そこまで話すと、彼女は少しだけ悩むように考え込んだ。
そして、名案が思いついたとばかりに、ぱっと表情を輝かせる。
「一緒に行かない?」
「…俺と?」
「そう、あなたと!今度はシンオウ地方に行こうと思ってるの。行った事ある?」
「シンオウ…ないな」
「じゃあ、好都合!新しい世界が見られるよ」
「……………」
「(…あと一押し、かな)」
悩んでいるらしいレッドに、もう少しだと思う。
あと、彼の背中を押すものがあるとしたら…やはり、バトルだろうか。
少し悩んでから、これで動いてくれるかはわからないけど、と思いながら口を開く。
「一緒に来てくれたらいつでもバトル出来るし」
「行こう」
即答だった。
持ちかけたコウ本人が驚くほど早い答えに、彼女はきょとんとする。
「負けっぱなしは好きじゃない」
そう言った彼の目が、初めて見た時よりも強い意志を持っているように見えた。
自分との会話の中で、彼も目標のような何かを見つけてくれたのかもしれない。
そんな変化が嬉しくて、コウはその表情に笑顔を浮かべる。
「イイ顔になったじゃない」
ここから、伝説が再び動き出す。
10.01.20