隠れ島のブリーダー
ルカリオが顔を上げた。
花壇の手入れをしていたコウがそれに気付き、苦笑する。
「また?」
確認するように問いかければ、ルカリオが肯定の返事をくれた。
それを聞いたコウは肩を竦め、土の付いた軍手を外す。
「やぁ」
「また来たの?」
和やかに声をかけられ、コウが振り向く。
そこには変わらず爽やかな笑顔を浮かべるゲンがいた。
その後ろにはボーマンダの姿もあって、空を飛んできたのか、と思う。
「ルカリオが君のルカリオに会いたいと言うものだからね。ボーマンダ、ありがとう」
擦り寄るボーマンダの首を撫でてからボールに戻すゲン。
そして、その隣に並んでいたボールからルカリオを出した。
それを見たコウのルカリオが彼女を振り向く。
許可を求めているのだという事は、波動で伝えられなくてもすぐにわかった。
「行っていいわよ。リオルも連れて行ってあげて」
そう言ってあげると、ルカリオは嬉しそうに走っていった。
中庭に走っていく二匹の背中を見送ってから、彼に運んでもらったバケツを手に持つ。
思ったより重くて一歩よろけた所で、ふわりと背中を支えられた。
「無理をすると危ないよ」
「ありがとう」
間近で柔らかい笑顔を見てしまえば、頬に熱が集まるのも無理はないと思う。
パッと視線を逃がした彼女に、ゲンはクスリと笑った。
そして、彼女が自分で立ったところで、その腕からバケツを奪い取ってしまう。
「手伝うよ。女性に重いものを運ばせるのは気が引ける」
「………じゃあ、お願いするわ。ありがとう」
長い沈黙は、頼ってしまう事への抵抗からだろう。
ずっと一人で暮らしているコウにとっては、自分ですることが当然なのだ。
見かねたルカリオが手伝ってくれるようになってからは、彼の要望により力仕事を任せるようになった。
けれど、基本的な理念は変わっておらず、頼る事に慣れていない。
好意なのだから、と自分を納得させ、彼にバケツを任せた。
コウはスコップなど、足元にバラバラと置いてあったものを拾い上げる。
「こっちに運んでくれる?」
「いいよ」
「これが終わったら、おやつにしようと思っていたの。
ポフィンを作るから、あなたのポケモンの好みがあったら教えてちょうだい」
「ありがとう。後で教えるよ」
大きなお皿に出来上がったポフィンを重ね、部屋の中で待ちわびるポケモンたちに配っていく。
「今日は朝からたくさん食べていたから、ポフィンはちょっと少なめね」
「うーん、少し毛艶が気になるわね。夕食で調整しようか」
「こら。人のものを取らなくても十分用意してるわよ」
一匹一匹に声をかけながら、ポケモンたちの間を歩く。
全員に適量のポフィンを与えたところで、抜け落ちがないかを確認するように部屋の中をぐるりと見渡す。
「よし。じゃあ、ゆっくり食べなさいねー」
そう言い残して、まだ沢山余っているお皿を抱えて中庭へと移動する。
日当たりの良いそこには、イーブイではないポケモンも数匹。
コウとゲンの手持ちがのんびりと過ごしているのだ。
「お待たせー」
大皿を抱えて中庭のドアを開けば、ピクリと反応したルカリオが立ち上がって駆け寄ってくる。
そして、コウの手から皿を受け取り、彼女の隣に並んだ。
「ありがとう」
コウはそう微笑むと、ゲンとその周りにいるポケモンの元へと向かう。
帽子を脱いでくつろぎながら本を読んでいたらしいゲンの傍に行くと、ポケットからハンカチを取り出した。
それを彼の隣にはらりと広げ、膝を付く。
「あなたのポケモンにはあなたからあげてね。その方が喜ぶだろうから」
「あぁ、ありがとう」
コウはどういたしましてと答えながら、ハンカチの上に聞いていた味のポフィンを並べていく。
いくつか並べたところで、量を確認するように彼を見た。
十分だ、と頷くのを見て、ルカリオを連れて自分の手持ちのところへと向かう。
慣れているのか、きちんと理解しているのか、彼らは急かす様子もなく落ち着いてコウを待っていた。
「はい、最近バトルしていないね。手が空いたら模擬バトルをしようか」
一匹ずつ手渡しでポフィンを与えてから、コウは柔らかく話しかける。
少し前、ぐっと冷え込んだ日があった所為で、体調を崩すポケモンが多かった。
その所為で最近は忙しく、手持ちの彼らを鍛える暇がなかったのだ。
申し訳ないと眉尻を下げるコウに、気にするなとばかりに擦り寄るサンダース。
手持ちの中でも古株の彼だ。
「良かったら私が相手をしようか?」
その声にコウが振り向く。
膝に乗りかかるようにポフィンを強請るアブソルを撫でながら、彼は話を続けた。
「模擬バトルもいいけど、普通のバトルを楽しむのも悪くないんじゃないかな?」
ゲンがそう言うと、彼の手持ちがコウの彼らを意識したようだ。
すぐさまバトルが始まるような雰囲気ではないけれど…好戦的な目つきに変わった気がする。
本能的に感じるものがあったのか、サンダースの毛並みがパチリと音を鳴らした。
「相手をしてくれるの?」
「他ならぬ君のためなら、喜んで」
彼はアブソルの背中を撫でて、そう言った。
そして、お礼だよ、とポフィンがなくなったハンカチを指差す。
満足げにしているポケモンたちの様子を見て、どうやらお気に召したようだと安心する。
「じゃあ、夕方にでも…お願いするわ」
空になった大皿を持って、立ち上がる。
待ち遠しそうな自分のポケモンたちを見て、彼女もまた、嬉しそうに微笑んだ。
食後一時間はのんびりと過ごし、その後は運動の時間だ。
普段は部屋の中で過ごすポケモンも全て庭に誘い出して遊ばせる。
バトルを望む好戦的なポケモンには、手持ちのポケモンに相手を頼んだ。
この時間は怪我をしたりしないよう、コウも庭を離れない事にしている。
花壇に水をあげたり、木の実を採ったりと、仕事は色々ある。
「楽しそうだね」
いつの間に庭に出てきていたのか、ゲンが隣にいた。
コウは彼をちらりと見てから、赤い木の実に手を伸ばす。
「楽しいもの」
「上の方の木の実を採ろうか?」
「…うん、お願い。あ、それはもう少し採らないで。まだ早いわ」
並んで木から実を採り、横に置いた籠に入れていく。
二人で進める作業はとても順調で、すぐに終わった。
「あなたはよくわからない人ね。暇じゃないはずなのに、こんな辺鄙な島に来て、仕事を手伝ってくれる」
「嫌かな?」
「物好きだとは思うわ」
そう答えてから、助かっているけれど、と付け足しておく。
彼は嬉しそうに笑い、庭で転がって遊んでいるポケモンたちを見た。
「私はきっと…この光景を見るのが好きなんだろうね」
「イーブイが好きなの?気に入った子がいるなら、連れて行く?」
「違うよ。嫌いではないけどね」
面白い事を言う、とばかりに笑った彼は、足元に転がったイーブイの腹を撫でた。
「ここのポケモンはとても自然で、幸せそうだから。見ていて心が温かくなるんだ」
ひとしきりゲンに可愛がってもらったイーブイは、仲間のところへと走っていく。
それを見送る彼の眼差しは優しい。
「迷惑じゃないなら、これからも来たいんだけど…どうかな?」
彼はコウを振り向いてそう尋ねてくる。
幸せそうなんて嬉しい事を言われて、答えなんて決まっているのに―――わざわざ尋ねてくる彼は少しずるいと思う。
「…仕方ないわね。バトル一回で、客室を提供するわ」
素直にどうぞと言えない自分も、天邪鬼だなと思った。
10.02.02