隠れ島のブリーダー
ふと、隣でバケツを運んでくれていたルカリオが顔を上げた。
じっと遠くを見つめる彼に、あぁ、またか、と思う。
『コウ様。客人です』
「そう。招かれざる客じゃなかったらいいんだけど」
『…悪意はありませんが、困っているようです』
「それなら、客人としてもてなしましょうか。迎えに行ってくれる?」
そう言ってバケツを受け取ろうとしたコウを制するルカリオ。
重いから、と言って、彼はそれを持ったまま踵を返した。
中の水を処理してから、いつも置いている場所にそれを置き、コウの元へと帰ってくる。
『ここまで案内してもいいですか?』
「…そうね。ルカリオが大丈夫だと思ったら」
『わかりました。リオル、コウ様を頼んだ』
ルカリオはコウの言葉に頷くと、彼女の足元に居たリオルにそう声をかけた。
はい、と元気な返事を聞いてから、自身が波導を感じた方向へと走り出す。
彼の姿は瞬く間に林の中に消えた。
「さて、と。客人を迎える準備をしましょうか。ジョウロを持ってきてくれる?」
『はい、コウ様。今度のお客様は大丈夫なんですか?』
「そうね…大丈夫だと思うわ。何となく、だけど」
『勘…ですか?』
「うん」
行きましょう、と笑いかけると、納得できていないような表情ながらもコウに続くリオル。
生まれて少ししか経っていない彼には、少し難しいのかもしれない。
勘と言うのは、今までの経験により複数の選択の中から可能性を見出すものだ。
根拠がないと言われればそれまでだけれど…コウは、自分の勘は信じる事にしている。
今までそうして生きてきているのだから、今更変えるつもりも無い。
『コウ様、ルカリオが帰ってきました。誰かと一緒です』
「やっぱり、ルカリオのお眼鏡に叶ったのね。私は他の子を別室に移してくるから、出迎えてあげて?」
『はい!』
トトト、と玄関に向かうリオルを見送り、コウはリビングで寛いでいるポケモン達を見回した。
そして、パン、と手を叩く。
音に反応してコウに注目するポケモン達。
「ごめんね。今からお客様が来るから、隣の部屋か、庭に出ていてくれる?」
コウがそう言って隣へと続く扉を開けると、寛いでいたポケモン達が身体を起こす。
一匹、また一匹と、それ以上何かを言われるでもなくコウの言葉に従って扉をくぐる。
そんな中、最後までソファーの所で出るのを渋る一匹が居た。
「イーブイ」
駄目だと言う事はわかっているのだろう。
しゅん、と耳を下げ、それでもここに居たいのだとソファーにしがみつく。
寂しがりな性格のイーブイはコウから離れるのを嫌うのだ。
どうしようか、と悩んでいる彼女の横を通り抜けていく黄色い影。
隣の部屋から出てきてそのまま一直線にソファーへと向かうそれは、コウの手持ちのサンダースだ。
男の子の彼は彼女の手持ちの中でも古株で、他のポケモン達のお兄さん的存在でもある。
「…よろしくね?」
説得はサンダースに任せよう、とその背中に声をかけると、ソファーに向かう途中で一度振り向く彼。
任せろ、とばかりに頷いた彼は、ソファーの所でイーブイと言葉を交わす。
とは言え、その内容は人間に理解できる言葉ではない。
サンダースが鳴いて、イーブイが答えて、それを繰り返す事、三度ほど。
イーブイがソファーを降り、サンダースの後に続いて隣の部屋へと移動する。
コウの横を通り抜ける辺りで駆け出したイーブイは、先に部屋に飛び込んでいった。
「ありがとう」
そう言ってサンダースの頭を撫でる。
満足げに喉を鳴らしてから、彼はリビングを出て行った。
玄関を入ってきた人物に、コウは軽く目を見開いた。
いや、人物ではない。
入ってきたのは、ポケモンだ。
コウもよく知っている、ルカリオ。
しかし、今ここで登場する“ルカリオ”は、あくまで種族的な名前。
“コウの”ルカリオではない。
それに気付くと、彼女は驚いた様子を見せた。
ルカリオはあまり多く見られる種族ではない。
草むらを歩けば出会うようなポケモンではないから、誰かのポケモンを見るのはこれが初めてだ。
野生だと感じなかったのは、独特の空気を感じたから。
「君が、このルカリオの主人かな?」
コウのルカリオは、一人の男性の後ろから姿を見せた。
その人の足元には役目を終えたリオルがいる。
コウの姿を捉え、嬉しそうに駆け寄ってきた。
『コウ様!ちゃんとお出迎えできました!』
「ええ、ありがとう、リオル。隣の部屋で遊んでいる?」
『え、嫌です!コウ様と一緒です』
服の裾を掴んで放さないリオルに、彼女はクスリと微笑む。
そして小柄なリオルを抱き上げ、改めて客人に向き直った。
「初めまして、私はコウ。このルカリオは私のパートナー」
いつの間にかコウの傍に控えるように立っているルカリオの方をちらりと見て、そう紹介する。
すると、男性は何かに納得したように微笑んだ。
随分と男前な客人を連れてきたものだ、と思う。
「私はゲンと言う。君と同じく、ルカリオをパートナーにしている。
尋ねたいんだが、ここはどこかな?」
「鋼鉄島の北西にある、通称隠れ島。潮の関係で普通ならば辿り着かない場所よ」
「…ありがとう。ところで、君はこの島で何を?」
「ブリーダーよ。イーブイ専門の」
ほら、とコウが窓を指差す。
近付いてみると、そこからは庭が見えているようだった。
草花が綺麗に整えられた庭のあちらこちらにイーブイやその進化系が日向ぼっこをしている。
なるほど、一目見るだけでその毛並みの良さがよくわかった。
「イーブイ専門の優秀なブリーダーがいると言う話を聞いたことがある。君のことだったのか」
「それを肯定すると自画自賛になると思わない?」
クスリと笑った彼女は、ゲンをテーブルへと促した。
彼の後に続いたルカリオは、コウのルカリオやリオルの様子を見つめている。
ルカリオは草むらで出会うポケモンではないから、同族のポケモンが珍しいのかもしれない。
「君のルカリオは随分と鍛えられているようだね」
「イーブイたちを守ってくれる心強いパートナーだもの。侵入者にも一番に気付いてくれる。
あなたが悪い人だったら、きっとルカリオに排除されていたわ」
「それは…優秀なボディガードだな」
「まぁ、ゆっくり身体を休めていくといいわ。あの潮は中々乱暴だから、疲れたでしょう?
中庭は今の時間は閉めてあるから、そこならあなたのポケモンを出してもいいわよ」
「お言葉に甘えるよ。それにしても、随分と慣れているように見えるが?」
「ごく偶にいるのよ。この島に入る潮に乗って辿り着く気の毒な遭難者が」
「はは…遭難者、か」
確かに、と呟き、彼は忘れていた帽子を取った。
「少しの間世話になるよ、コウ」
「どうぞごゆっくり」
クスリと笑い合う―――これが、二人の出会いの話。
10.01.11