白猫シリーズ
「………………………」
「………………………」
「………………………」
三人の間に沈黙が落ちる。
はぁ、と溜め息を吐いたのはコウだった。
「セバスチャンが私を呼んだ時点で何となく予想はしていたけれど…本当に、壊滅的ね」
「改まって言われなくてもわかっている…!」
どうしましょう、と頬に手を当てるコウ。
頬を赤くして声を荒らげるシエル。
自覚はあるのだから、改めて言われるほどキツイ事はない。
「やっぱり、私が相手でも身長差の所為で踊りにくいわね…だからと言ってお嬢さん本人にも頼めないし」
仕方ないわね、と呟くと、彼女はシエルの肩に添えた手を離す。
ほっとしたように表情を緩める彼を横目に、その場でコンコン、とヒールを鳴らした。
もちろん、上等なカーペットのお蔭で音は殆ど出ていない。
やがて、くるりとその場でターンした彼女は、一回転してシエルと向き直る。
「…は?」
ぽかんと口を開けるシエルの表情の間抜けな事と言ったら。
クスリと笑うコウは、“同じ目線”の彼の鼻先をピンと弾いた。
「仮初の姿は自由自在よ」
同じ目線、同じ年頃。
エリザベスに変化するのではなく、コウ自身を幼くした容姿で、彼女は彼の前に立っていた。
ご丁寧に、ドレスも靴も、その全てがぴったりと身体に馴染むサイズに縮んでいる。
「さぁ、これで踊れないとは言わせないわ」
そう言うと、コウは慣れた仕草でスッと手を差し出す。
呆気に取られていたシエルだが、目の前に来た手にハッと我に返る。
そして、半ば反射的に、幼い頃から培われた貴族としての行動に出た。
彼女の手を取るところまでは自然に、ダンスの姿勢を作るところからは少し不自然に。
セバスチャンの手によって流された音楽に合わせ、二人の足が一歩、動き出した。
「コウの小さい姿は初めて見ますね」
一頻のワルツを、文字通り叩き込み、マスターさせた後はセバスチャンと一緒に部屋を出る。
部屋の中のシエルは二人が消えて安堵しているだろう。
セバスチャンが、後から紅茶でも用意しましょうか、と呟いているのを聞いた。
「そうね。好き好んで小さくなる理由はないから」
そう答えるコウの目線はセバスチャンの胸の高さ。
いつもよりも見上げなければならない位置にある彼の顔に、軽く眉を寄せる。
「それにしても…」
ふむ、と顎に手を当てた彼が、じっとコウを見下ろす。
穴が開きそうな視線に、彼女は一歩、足を引いた。
何だか、身の危険を感じるのは気の所為だろうか。
「このサイズも悪くないですね」
「ちょっと!子供じゃないのよ!」
ひょいと片腕に抱え上げられたコウは、思わずそう声を荒らげた。
しかし、たかだか子供の抵抗など知れている。
無意味な行動の最中、セバスチャンが何かに気付いた。
「…おや」
「今度は何!?」
「ここも縮むんですね」
思わず手が出たコウは、決して悪くないと断言できる。
当たれば三倍は腫れあがるような勢いのある平手を難なく受け止め、ついでにグイッと引っ張る彼。
小さな身体は面白いほど彼の思うままだ。
姿勢を崩した彼女の唇を奪い、ついでに口内を荒らしていく。
「………っ」
薄目を開いて垣間見た彼女の表情は、とてもではないけれど子供とは言えない色気を持っている。
サイズ以外…その表情も、空気も、かすかに鼻に抜ける声も。
彼女は、何一つ変わってはいなかった。
「…っ子供相手に何するの!」
解放されて一番に、息を弾ませてそう咎める。
そんな声など右から左へと聞き流したセバスチャンは、ご機嫌な様子で歩き出した。
「…ちょっと、どこに行くつもり」
「あなたがあまりにも良い表情をするからいけないんですよ」
「そんなつもりはないわよ!」
そう言うと同時に、勢いよくセバスチャンの腕を振り払う。
そのまま身体を捻り、彼女は抱き上げられた状態から逃れた。
カーペットの上に足を着いた時には、その姿はいつもの大人の容姿へと戻っている。
フン、と胸を張る彼女。
一方、逃げられたまま中途半端な位置に腕を置いていたセバスチャンが、にこりと微笑む。
「これはこれは…私には好都合です。てっきり猫の姿で逃げられると思いましたけれど」
「…あ」
その手があったのか。
最近はこの姿で過ごす事が多かった所為で、自然とこちらを選んでいた。
即座に猫に変化しようとするけれど、その前にセバスチャンの腕に囚われる。
伸びてきた手がドレスの上から彼女の胸元に刻まれた“罪の証”を撫でた。
ゾクリと背筋が逆立ち、全身の力が逃げる。
膝から崩れそうになった身体は、彼の手によりあっさりと抱き上げられた。
忌々しげに睨み付ける彼女と、対照的な笑顔を浮かべる彼。
「この鬼畜…っ!」
「こう言う時には便利な紋章ですね」
余談だが、例の罪の証は、刻まれた悪魔にとっては弱点になる。
別の悪魔の魔力に触れると、一時的に力が封印されるのだ。
それは魔力であり、身体を動かす筋力の類でもある。
「婚約者のお嬢さんご所望のダンスパーティーの準備があるでしょう!」
「コウが坊ちゃんにダンスを教えている間に粗方済ませておきましたよ」
「…無駄に行動力があるわね」
「有能と言っていただきたいですね」
変わらぬ笑顔を浮かべた彼に、コウは諦めの溜め息を吐き出した。
そんな彼女に顔を近付けたセバスチャンは、少し質の違う笑みを浮かべて口を開く。
「コウ」
「…っここで名前を呼ぶのはずるいと思うわ」
思わず声を詰まらせたコウに、彼は楽しげな表情を見せる。
「どうか、お相手を―――マイレディ」
前に差し出された甘美な誘惑から逃れる事なんて、出来そうになかった。
11.03.13