白猫シリーズ

デカイだのゴツイだのと散々文句を言うシエルに、セバスチャンは溜め息を吐き出した。

「仕方ない…。助っ人を呼びましょう」

そして、無言で窓の方へと歩いていく。
意味を問うシエルの視線を背中に受けたまま、彼は窓を開いてそこから下を見下ろした。

「コウ!コウ、どこに居るんですか?」

外に向かってそう声をかければ、数秒後に「にゃー」と言う鳴き声が聞こえた。
そして、下から飛んでくる白い何か。
器用に窓の桟に飛び乗り、そこから「何だ」と言わんばかりにじっとセバスチャンを見上げる。

「暇ですよね?」

答えなどわかりきっているかのように、にっこりと問いかける。
わかっていると言うよりは、それ以外の返事を許さないような雰囲気だ。

「坊ちゃんが男相手は嫌だと言うので、手伝ってください」
「…拒否権は?」
「あると思いますか?」

思わないと答えたくはないけれど、彼の様子から察するに、拒否権はない。
白猫は小さく溜め息を吐き出し、開かれた窓から中へと入ってくる。
足が地面につくのと同時に、彼女はその姿を人間のそれへと変化させた。
いつもの落ち着いた服装とは違い、シンプルながらもドレスを纏った彼女。
普段は肩におろしている髪をアップに結い上げたその姿に、シエルは目を奪われた。
素直に綺麗だと思える。

「私では身長に差があると思うけれど…」

そう言ってから、ちらりとセバスチャンの方を見る。
コウですら彼を軽く見上げねばならないのだから、それを思えばシエルとの身長の差は彼よりも少ない。
今一度軽く溜め息を吐き出してから、コウはシエルの方へと歩み寄った。

「…踊れるのか?」
「あら、誰に向かって聞いているのかしら。あなたよりも遥かに長く生きている私が出来ないとお思い?」
「……愚問だったな」
「ええ、その通り。それに、女性は男性のエスコートが良ければそれなりに踊れるものよ」

暗に、ダンスは男性の腕にかかっているのだ、と仄めかすコウ。
プレッシャーが増した…とうんざりした様子の彼に、クスクスと笑う。

「踊りやすいようにエリザベスお嬢様に変わりましょうか?」

そう言って悪戯に微笑んだ彼女に、シエルは勢いよく首を横に振る。
屋敷の中をとても可愛らしくされただけではなく、ダンスまでさせられる羽目になっているのだ。
これ以上かき回されては堪ったものではない。
そんな彼に、コウはクスクスと笑う。

「安心なさい。一時間で、どこへ出ても恥ずかしくない腕前に仕上げてあげるわ」

そう言ってコウはふわりとドレスの裾を翻す。
そして、シエルに向かって手を差し出した。
彼は少し躊躇いながらも、セバスチャンの時よりはスムーズに彼女の手を取る。
曲に合わせ、ステップを踏み出した。













「あら、あなた…初めて会う人ね!」

ノックの後、入室を許可されてからドアを開く。
こちらを向いた少女、エリザベスはパッと顔を輝かせた。

「初めまして、コウと申します。エリザベスお嬢様」
「コウと言うのね!あなた、とても綺麗だわ!」

この少女は、今日突然屋敷に現れた。
と言ってもシエルとは無関係ではない。
親が決めた、彼の婚約者だ。

「あーん。コウみたいに綺麗な人が居るってわかってたら、よく似合うドレスを持って来たのに!」

悔しそうに口を尖らせる彼女に、コウは困ったように笑みを浮かべる。

「お嬢様にドレスを用意していただくなんて、恐れ多いことは出来ませんよ」
「いいの!女の子は常に可愛くなきゃいけないんだから!今度来る時はちゃんとコウの分も用意してくるわ!」

走り出したらとまらない。
暴走列車、と言うわけではないが、それに似たような様子のエリザベス。
コウに自分好みのドレスを着せることは、すでに決定事項のようだ。

「コウには青が似合うかしら、それとも赤?シルバーの髪に合わせるなら、きっと青が似合うわね!」

コウの好みはどう?と意見を求める彼女に、そうですね、と悩むような素振りを見せる。
ここですぐに答えないことにより、相手に「自分の言葉を聞いてしっかりと悩んでいる」と言う印象を与える。
コウの思惑通り、エリザベスは鏡の中でニコニコと笑った。

「お嬢様、あまり動かないでくださいね。髪が絡まってしまいます」
「はぁい。……コウって、髪を結うのがとっても上手ね」
「そうですか?」
「全然痛くないわ」

人の髪を結うと言うのは、中々力加減が難しいものだ。
どうやら、エリザベスが普段任せているメイドはその辺りの加減が不得意らしい。
コウは心中で「当然だろう」と思う。
長い年月生きていれば、自然と身につくというものだ。

「さぁ、出来ましたよ。折角のパーティですし、少しだけお化粧もしましょうか」

そう言って準備を始めるコウに、興奮を隠しきれない様子の目を向けるエリザベス。
どうやら、まだまだ少女と呼んでも過言ではない彼女は、お洒落の虜らしい。
心中で苦笑してから、コウは彼女の正面へと回った。

「コウはここに来て長いの?でも、今まで会った事はないわよね」
「そう長くはありませんよ。シエル様の家庭教師の一部を任されたのは、三ヶ月ほど前です」

目を伏せて、と言われ、エリザベスが軽く瞼を閉じる。
薄く、ほんの気持ち程度に化粧を施していく。

「はい。今度こそ出来上がりです。鏡を用意しますね」

パタン、と箱を閉ざし、腰を上げて姿見を探しに行く。
壁のところに置かれていたそれを運んできて、彼女の前で角度を合わせた。
パッと表情を輝かせる様子が何とも可愛らしい。
自分で言うのも何だが、彼女の好み通りの仕上がりになっているはずだ。

「素敵!これからはずっとコウにお願いしたいわ!」
「光栄です。屋敷にいらっしゃっている間は、私がお手伝いしますね」

にこりと微笑んだコウに、エリザベスは興奮気味の口を一旦閉じる。
そして、上から下まで彼女の全身を見回した。

「コウも盛装したらどうかしら。他の使用人にも素敵な服を持ってきているの」

ご機嫌な様子でそう提案する彼女。
もはや、自分が着飾ること自体は決定事項のようだ。

「…では、少しお時間をいただきましょう」

こちらが折れるしかない以上、早めに切り上げるのが得策。
コウがそう答えると、彼女は満足げに微笑んだ。

「私、シエルの所に行って来るわ!楽しみにしているから!」

そう言ってドレスの裾を翻し、走って部屋を出て行くエリザベス。
お嬢様としてその落ち着きのなさはどうなんだろうと思うも、その心は本人には届かない。
コウは部屋の中に一人残されると、やれやれと息を吐き出した。

「…盛装…ね」

面倒だけれど、仕方がない。
適当な理由をつけてこの場を凌ぐことは出来るが、あの娘の性格を考えれば、それは無意味だ。
部屋に添えつけてあるドレッサーを開き、適当なドレスを探す。
派手にならない装飾品を選び、手早く髪を結い上げた。

08.06.04