鎮魂歌 -Requiem-

男の身体にも随分と慣れてきた。

―――と表現すると卑猥な妄想を出来なくもないが、そんな色気のある話ではない。
優秀なる科学班諸君のお蔭で、女のコウが男になると言う、世にも奇妙な体験をしている話のつながりだ。
いつもよりは高い目線に対し、声は低く。
普段でもひ弱な部類には入らないけれど、それでも今の方が力は強い。

「…慣れると結構楽しい、かもしれない」

元々、女らしいと言う範囲からは片足どころか、両足の殆どが飛び出しているコウだ。
初めこそ戸惑いもあったのだが、数時間経った今は、この身体にも馴染み始めている。
木箱の上で長い足を組んだ彼女…いや、彼、と言うべきか。
コウは、休憩、と呟いて小さく息を吐き出した。
そんなコウを見守る6つの視線。

「…なぁ、コウってどんどん男らしくなってねぇ?」
「…元々素質があったんじゃないですか?」
「にゃあ…(格好良いなぁ、コウ)」

小さくなったラビと、長髪になったアレンと、猫語のリナリー。
そこに、ラビ同様に小さくなった神田と、うさ耳プラス猫語のブックマンを足せば被害者が出揃う。
刻一刻と時が進むにつれ、被害者までも増えてきている現状。
状況を楽しんでいるのはコウだけかも知れない。









そこそこ状況を楽しんでいたコウ。
それは、自分に危険がなかったからだ。
こんな事になるなら、一瞬だって楽しんだりはしなかった。
理性を失った追っ手から逃げつつ、コウは溜め息を吐き出す。

「リナリー、大丈夫か?」
「にゃ!(大丈夫!)」
「…そうか。無理はしない方がいい―――と言っても、あいつらの仲間入りはごめんだな」

あんな風に理性を失うくらいなら、いっそ自害した方がマシ。
そう思う程度にはコウのプライドは高く、そしてその度胸もあるのだから困ったものだ。
早く状況を打開しなければ…後ろの会話を聞きながら、リーバーは心中で決意する。
一つの倉庫のような部屋に逃げ込み、息を潜めて連中が走り抜けていく音を聞く無事なメンバー達。
とある男と関わりの深い科学班一行は、何となく事の原因を理解していた。
そして、その部屋にて、原因であろう男と嬉しくない再会。
確保しようとしたメンバーが逆に捕獲されるという自体に陥った原因は、コムリンEXにあった。
状況が状況なのにふざけているようにしか見えない彼らに、無事だったコウが溜め息を吐き出す。

「とりあえず、打開策を教えてほしい。話が進まないから」

シスコンのコムイがリナリーの猫語を聞き流してくれるとは思っていなかった。
だが、終わりそうにない彼らに、コウが声を上げる。
困っているらしいリナリーの隣に立ったコウに、不躾なコムイの視線が向けられた。

「…誰?」
「科学班の被害者です」

ニコリと微笑んだ見慣れぬ男の頬に、見慣れたタトゥー。

「…コウ?」
「性転換や幼児返りなんて不可思議で非現実的なものを作り出せるのに、抗体は感染源からしか作れないんですか。
まったく意味がわからない人たちですね、科学班は」

トゲトゲと針どころか良く研がれたナイフが言葉から突き出ているような気がする。
科学班一行はそのナイーブな心を痛めていたけれど、そんな事ではへこたれないのがコムイと言う男だ。

「コウ…女にしておくのは勿体無いね」

とことん話をそらすコムイに、コウは一際良い笑顔で微笑んだ。

「それは良かった」

くるりとリナリーの方を向き、その手を取る。
そして、にゃ?と首を傾げるリナリーに向かって口を開いた。

「…リナリー。元に戻らなければ結婚しようか」

攻撃力は絶大。
真っ赤な顔で目を見開き言葉を失うリナリー。
真っ青な顔で目を見開き、盛大に叫ぶコムイ。
なるほど、よく似ている兄妹じゃないか―――反応は対極的だが。

「駄目!!コウなら許せるような気はするけど、駄目なものは駄目!!大体君にはリーバー君と言う―――」
「黙ってくれますか、室長」

やかましい、とコムイをぶん殴る辺り、コウも相当怒っているようだ。
後ろで肩を落としたリーバーがアレンとラビに慰められているけれど、あえて気付いていないことにする。
その時―――不意に、コウが何かに反応するようにバッと顔を上げた。

「にゃあ?(コウ?)」

心配そうなリナリーの声にも返事を返さないほどに、何かに集中しているコウ。
何もないはずの場所を見つめるコウの目に鋭さと、そして哀しげな色が浮かんでいる。
もう一度コウを呼ぼうとして口を開いたその時。
ハッと何かに気付いたコウが、リナリーを抱えて部屋の奥へと飛びのいた。
同時に、窓が存在した場所が壁ごと盛大に破壊される。
飛び込んできたのは―――

「元帥?…あの人もやられてるのか」

腰にタオル一枚と言う格好でイノセンスを操り、危険極まりない言動のソカロ元帥。
ただでさえ危険な人の理性が消え失せている。
リナリーは青褪め、コウは呆れた様子で額に手をやった。
ソカロを皮切りに、他の元帥までもが隠れていた小部屋に集中する。

「どいつもこいつも…何で感染してるんだ、元帥の癖に」

空気感染ならばまだしも、傷口からしか感染しないのだ。
仮にも元帥なのだから、感染するような間抜けな真似はしないで欲しかった。
風呂に入っていたようだが…それでも、だ。
元帥全員が、揃いも揃ってこの体たらく。
そう、元帥全員―――

「…じゃないか。クロス元帥はいない」

あの人がこんな風になる様子なんて、想像も出来ない。
プライドは天を貫かんばかりに高い彼のことだ、こんな状況を目の当たりにすれば真っ先に消える。
混乱に乗じて姿を消すであろう彼を思えば、本部に居なかったのは不幸中の幸いと言えるだろうか。
どこか遠い目をしながらそんな事を考えていたコウは、ぐいぐいと引っ張られる感覚に我に返る。
にゃあにゃあと焦った声が聞こえてリナリーの方を見ると、彼女が何かを指差していた。
そちらを見ると、飛んでいる複数のミサイル。

「…何でもありだな」
「にゃあにゃにゃあー!!(そんなこと言ってる場合じゃないでしょー!)」

リナリーの声を最後に、部屋の中は爆風に包まれた。

09.05.08