鎮魂歌 -Requiem-
「な、何でアクマがこんな所に…!?」
ファインダーの一人が、そう声を上げた。
イノセンスが発見されたわけではないこの場所にアクマが存在する理由が見出せなかったのだろう。
「そんな事を言っている間に、さっさと下がって!!」
何かあった時の為にと、ファインダーと共に派遣されていたコウが声を荒らげる。
アクマへの恐怖で固まってしまっているのか、彼はその場から動けなかった。
コウは隠しもせずに舌打ちをして、彼のフードを後ろから引っ張る。
派手に尻もちをついたようだが、構っている暇はない。
「守護せよ!!」
懐から取り出した杭を地面に突き立て、結界を作り出す。
同時に、ガガガッとその結界にアクマの放った攻撃が衝突した。
間一髪だ。
しかし、コウは安堵する暇もなくくるりと振り向いた。
腰を抜かしているファインダーらの周囲4点に杭を打ち、4つの面を持つ結界を作る。
「何があっても、この結界から出ないで。私の言葉を守らなければ―――命の保証はしないわ」
声を低くしてファインダーにそう告げる。
恐怖に支配されている彼らが、自分の言葉を守る可能性は低い。
腰が抜けてしまってるのは、ある意味では不幸中の幸いだったかもしれない。
「コウ、無理をするなよ」
「大丈夫よ」
唯一、彼女を心から信頼し、彼女もまた信じている人物―――リーバーが、不安げに声をかけた。
教団内で研究をしている彼がここに居るのは、このあたりで研究に使える鉱石が手に入るからだ。
本人の希望により、地質調査などを含めて彼が調査団に加わったのである。
アクマが結界に苛立ち、大きく咆哮する。
びりびりと地面を震わせるそれに、ファインダーが身震いした。
コウは苦笑を浮かべつつ、彼らに背を向ける。
「―――苦しいね」
結界越しにアクマと対峙し、コウはそう呟いた。
アレンではないけれど、彼女もまた、アクマの内部に囚われた魂を見る事が出来る。
それは、彼女がネクロマンサー故の特質。
人の目に映らぬものを見て、人の耳に届かぬ声を聞く。
コウの目に、その魂の姿はとても痛々しく映った。
きゅっと唇を結び、地面を蹴る。
何の抵抗もなく結界を抜け、アクマとの距離を詰めた。
アクマの肩へと飛び乗った彼女は、左の人差し指と中指を揃えて、右腕の上を走らせる。
指が走った場所が赤く染まり、手の甲に模様が咲いた。
「迷える魂よ。我が声に従え」
そう呟き、アクマの額に触れると同時に、アクマがコウの胸元に銃口を向けた。
「“動くな”」
ピタリ―――と。
アクマが、完全に動きを止めた。
いや、眼球と思しき場所や、口元は僅かに動いている。
けれど、身体の大部分が何かに縛られているかのように、動かないのだ。
とん、と肩を蹴って地面へと降り立つコウ。
そして、結界の中に守られている彼らの近くへと歩いていく。
「今からエクソシストの派遣を要求して…いつになる?」
「…恐らく、二日は掛かるだろうな」
リーバーが即座に答える。
コウはその答えを聞いて、二日…とその期間に難色を示した。
「掛かりすぎるわ。それなら…私が肩をつけるべきね」
「出来るか?」
「多少乱暴にはなるけれど、可能よ」
そう答えた彼女の表情は優れない。
エクソシスト以外はアクマを破壊できない。
その中に囚われた魂が永遠に消滅してしまうからだ。
だが、エクソシストではないけれど、コウにはその魂を救うことができる。
その方法は、決して優しいものではない。
だからこそ、彼女は心を痛めるようにきゅっと眉を寄せる。
そんな彼女に、リーバーは悪い、と呟いた。
何も出来ない自分が、悔しいと思う。
しかし、謝罪を口にする自分に、彼女は笑顔を返すのだ。
「これは、私の役目よ」
そう言って、彼女はリーバーに背を向けた。
歩きながら腰に巻いていた数メートルに及ぶ赤い紐を解く。
その端を握り、「包囲」と唱えた。
まるでその紐自体が生きているかのように、明らかな意思を持って彼女の手に絡みつく。
その赤さ故に、彼女の手が血に染まっているように見えた。
「出ておいで、『縁(えにし)』」
コウの言葉に答えるように、彼女の後ろに霞が現れた。
神田のように長い刀を持つ男の姿のそれに、ファインダーがヒィ、と引きつった声を上げる。
何も知らない者から見れば、それは幽霊のように見えたのだろう。
それは間違いではない。
これはコウが使役している霊魂―――死者の魂だ。
「アクマから魂を引き剥がす。介錯を頼むわ」
縁と呼ばれた彼は、その言葉に無言で頷いた。
相変わらずピクリとも動いていなかったアクマへと近付き、その肩へと飛び乗ったコウ。
彼女は赤く染まった手を、アクマの頭へと突きたてた。
まるでケーキに指を突っ込むように、殆ど抵抗もなく彼女の手がアクマの中へと埋め込まれる。
探るように動かしていた指先が、それを見つけた。
「ごめん。苦しいと思うけど…助けるから」
それを握り、ぐっと腕を引き抜く。
「――――!!!!」
「な、何だ!?」
「うぁ!!耳が痛いっ!!」
この世の物とも思えない絶叫がその場に響く。
ビリビリと地面すら振るわせるそれに、ファインダーたちが一斉に耳を塞いだ。
リーバーはその光景から一度も目を逸らさない。
彼女の行動全てを、その目に焼き付けるかのように。
それは、時間にすればものの1分ほどだっただろう。
「―――縁!」
コウの声が聞こえると同時に、縁が刀を抜く。
赤く光る長い刀身をアクマの頭上で一閃。
目には見えぬ何かを斬った。
「よく頑張ったね―――魂のあるべき場所に還るといい」
握り締めていた赤い手を解き、彼女は笑顔を浮かべた。
その言葉が終わるや否や、糸を失った操り人形のように崩れ落ちるアクマ。
爆発するわけでもなく、アクマは静かに物言わぬガラクタと化した。
「縁、戻っていい」
声をかけて縁が消えるのを見届け、結界を作っていた杭を抜く。
結界が消えた。
コウは状況を理解できない様子のファインダーを一瞥し、何も言わずに道具の回収に入る。
アクマに対抗できるのはエクソシスト。
エクソシストでなければ、アクマは破壊できない。
教団での常識は、彼女の存在により覆される。
エクソシストではないのに、アクマを破壊できる―――異端。
彼らにとって、得体の知れない力を持つコウは、恐れの存在でしかなかった。
死者を従え、目に見えぬものを見て言葉を交わす姿―――
「死神…」
誰かが、そう呟いた。
今まさに命の危険から身を救った彼女に向けるべき言葉ではない。
な、と怒りを露にしたリーバーを止めたのは、他でもないコウ自身だった。
「向こうに鉱石がある。行きましょう」
そう言って、その場から動かない彼らを置いて、リーバーの腕を引いていく。
「何で止めた!?あいつら、あんな…!」
「人は、己の常識の枠に入らない異端を認められないものよ。気にしていないわ」
「そう言う問題じゃない。お前は違うだろ!」
「いいの。死霊使いなんて、そんなものよ」
「―――…っ!………あのアクマの中の、魂はどうなったんだ?」
やり場のない怒りを飲み込み、何とか話題を変える。
「あるべき場所に還ったわ。嫌なものを聞かせて、ごめんなさいね。
エクソシストならばもっとスムーズに解放できるのだけど…」
「いや…。何をしたんだ?」
「中に閉じ込められている魂を引きずり出して、消滅する前に昇華するの。
無理やりだから…凄く、苦しい思いをさせてしまう」
見えぬものを見る彼女だからこそ、その事を酷く悔やんでいる事がわかった。
リーバーは何も言わずに彼女の頭を撫でる。
「…お疲れさん。それから…ありがとな」
そう言って笑った彼は、コウを追い越してすぐそこに見える鉱石のところへと歩いた。
彼の背中を見つめるコウ。
「…本当に…優しい人」
戦う力はないけれど、彼は強い。
自分と違うものを認め、受け入れることは、簡単なようで難しい。
迷いなく境界線を越えてくる彼に、どれほど救われているか。
「…ありがとう、リーバー」
いつか、この言葉を彼に向かって言う事ができればと思う。
09.10.22