東国の使徒 03:集い来る足跡 After
事後処理も終え、行きとは違ってゆっくりと歩いて帰ってきたラビとコウ。
心の整理もついたのか、彼女の表情には薄くではあるが笑みが戻っている。
「あ、コウさん。お帰りなさい」
「ただいま帰りました。コムイさんはいつもの部屋に?」
丁度フロアを横切っていたリナリーが目ざとくコウたちの帰還に気づき、声を掛ける。
彼女はコウの質問に頷くと、そのまま食堂の方へと歩いていった。
「一人で大丈夫ですよ、ラビ」
「…ま、この際だからついてくって」
ニカッと笑った彼に、コウはふと表情に笑みを浮かべて「ありがとうございます」と告げる。
そして歩き出そうとしたその時。
ガキンッという金属同士の衝突音がその場に響いた。
彼女が腕に抱えていたコートがパサリと床に落ちる。
「…神田さん…何かご不満でも?」
「お前か?あの妙な男を連れてきたのは…っ!」
「妙な……男……?」
神田の六幻を風迅で受け止めたコウは、彼の言葉に怪訝な表情を見せる。
突然斬りかかって来た彼に、ラビは一瞬出遅れた。
だが、ハッと我に返ると慌てて二人の間に入る。
「ユウユウ!ワケわかんねェって!第一、俺ら今帰ってきたばっかりで…」
「妙な男って、頬にこう…赤い入れ墨の入った方ですか?」
庇ってくれたラビの脇から顔を覗かせ、自身の頬に指で何かの紋様のようなものをなぞりつつ問いかける。
神田は気が削がれたのか、不満げにフンと鼻を鳴らすと「そうだ」と答えた。
彼の答えを聞くなり、コウはくるりと踵を返す。
向かうはコムイの待つ部屋。
「…何だったんさ?」
「俺が知るか」
「………ユウの不機嫌の原因は後で聞くとして…兎に角、コウを追ってみるか」
コウの落としていったコートを拾い上げ、自身も歩き出した。
「室長、失礼します!」
コウにしては珍しく、荒い口調でバンッと勢いよくドアを開いた。
彼女の視界に飛び込んできたのは、苦笑を浮かべるコムイ。
そして、彼の向かいで出された紅茶を飲む短い黒髪の男性。
頬に赤い入れ墨を持つ彼は、コウの姿を捉えると破顔して片手をあげた。
「おー…コウ」
「な、にを寛いでいるんですか!?」
「元気そうで何よりだ」
「話が噛み合ってません!」
「コウちゃん、少し落ち着こう」
コムイの手が彼女の肩に載り、コウは彼を見上げてそして視線を落とす。
何かとんでもないものでも飲み込むかのように一度深く息を吸い込み、そして吐き出した。
「一、 何故ご無事なんですか。二、何故室長と楽しげにお茶してるんですか。三………お久しぶりです、お父さん」
「んじゃ。愛娘の質問に答えてやるか。一つ目は俺がアクマの襲撃直前に馬車を降りていたから。
二つ目は、コムイとも久々の再会を楽しんでいたからだ。で、久しぶりだなコウ。これでOKか?」
「OKかって………。もう…信じられませんね…」
がっくりと肩を落としつつ、コウは思う。
この人は元からこう言う人だ。
自分が声を荒らげるだけ無駄なのだ、と。
「失礼しまーす。………誰?」
「お、神田くんに引き続き美青年登場だな」
どこか嬉しそうにそう言った彼は、今ドアを入ってきたラビの持つコートに気付く。
ラビは首を傾げつつも、何やら項垂れるコウの隣に立った。
「どうしたんさ?」
「…気にしないでください…。この人に付き合っていたら、体力がいくらあっても足りませんから…」
「何か妙に疲れてんな…」
そう言いながら頬を引きつらせ、ラビは持っていたコートを彼女に手渡す。
コウはそれを受け取るなり、自身の父親へと精一杯投げつけた。
無論、ひらりとかわされてコートはソファーに落ちる。
「さんきゅーな、隻眼の青年!」
「で、あんた誰さ?」
「あぁ、俺の名前はティル。…ま、簡単に言えばこいつの父親だよ」
くいと親指が指した方に居たのは見間違うはずもないコウ。
彼女と彼を交互に見やるラビの視線に、コウは深々と溜め息を吐き出した。
「…マジ?」
「…不本意ながら、正真正銘実の父です」
「ってことは、さっきのコウの悲しみは…」
「全くの無駄骨ですね。私の涙を返していただきたい…」
コウの呟きをしっかり聞きとめたティルはへぇ、と感心したような声を上げる。
「コウが君の前で泣いたんだ?珍しい」
「その奇妙な笑顔を消してください、今すぐに」
「まぁまぁ、落ち着けって。いい男を捕まえたな、コウ!」
「コムイさん、邪魔になったらいつでも放り出してくださって構いません。生命力はゴキブリ以上ですから」
ラビは悟った。
彼女の大人びた性格は、父親の影響を受けまいと必死になった結果なのだと。
彼女からすれば全くもって不本意なわけだが。
そして、同時に思う。
あの時彼女が「殺しても死にそうにない人」と言った事に対して、今なら即座に頷ける…と。
06.07.10