東国の使徒 01:記録者との出逢い
「初めまして。ラビ…さん?」
風に舞った砂埃の向こうから掛かった声。
その声の主は綺麗な笑みを浮かべてその場に佇んでいた。
見慣れない武器と思しきものを、その右手に携えて。
パチンと持っていたそれを閉じ、彼女は己が破壊したアクマを回ってラビの元まで歩いてきた。
槌に腕をかけて座り込んでいる彼に合わせるようにその前にしゃがみ込む彼女。
年は恐らくラビと同じくらいだろう。
黒く長い髪は後ろで一つに束ねられており、左右の耳の辺りに垂らされている一筋の先には銀の鈴。
顔立ちはどちらかと言えば大人びている。
長いコートが地面に流れるのを気にする事なく、彼女はにこりと微笑んだ。
「ラビさんで間違いありません…よね?」
「あ、ああ。っと…さっきは助かったさ。ありがとな」
思い出したようにお礼を言ったラビに、彼女は一瞬きょとんと目を開くがすぐに頷いた。
さっき、と言うのは彼とアクマの交戦中に遡る。
レベル2と言う事もあり、彼は慎重にそれと対峙していた。
しかし、そのレベル2を気にかけ過ぎていたのが仇となり、彼はボール型アクマに背後を取られる。
銃口が確かに彼の方を向いたその瞬間、ボール型アクマを無数のカマイタチが襲ったのだ。
その余波がラビの向こうに居たレベル2まで共に破壊してしまう。
結果、そのカマイタチを起こした人物…目の前の彼女がラビの恩人となったわけだ。
「あんた、名前は?」
「あ。申し送れました。私、コウと申します」
よろしくお願いしますね、と彼女…コウは右手に持っていた例の物を持ち替えてその手を差し出した。
軽く握手を交わし終えると、不意に彼女が立ち上がる。
いつの間に戻していたのか、その右手には先程の武器が握られていた。
「コウ…って呼んでも?それ、何なの?」
「構いませんよ。ただ、説明は後にさせてください」
そう言って彼女はラビの言葉に首を振り、先程横を通り抜けてきたアクマの残骸へと視線を向ける。
先程のような柔らかい空気など微塵も残さず、彼女はピリピリと刺激されるような空気を放っていた。
「隙を窺うならもう少し真面目に壊された振りをなさったらどうです?」
紡ぎ終えるや否や、コウは手に持っていたそれをバッと広げる。
紅の地の上に、金の龍が走る絵柄が描かれたそれ。
壊れたと思っていたレベル2のアクマが彼女の声に反応して身体を動かす。
ぎょろりと目が動いたかと思えば、それは彼女に向かって己の腕と化している銃口を向けた。
「コウ!」
慌てたラビが立ち上がる。
だが、彼の視界に映ったのは銃弾を食らう彼女ではなかった。
長いコートを揺らし、持っていた武器を左下から右上へと斜めに払うように動かす。
風を誘ったその動きから巨大なカマイタチが生まれ、寸分狂う事なくその銃口諸共アクマを両断する。
ドゥンッと鈍い音が響き、アクマが完全に破壊された。
「これにて任務完了…でしょうか?」
再びパチンとそれを閉じ合わせ、コウは微笑んだ。
呆気に取られるラビから目を離すと、離れていたファインダーの人に声をかける。
「本部へ通信を。任務完了の報告です。ヴォルティック」
コウがそう呼べば、彼女のコートの首元からぴょこっと顔を覗かせるゴーレム。
黒く球体の身体を、翼をパタパタと動かす事で彼女の顔の脇へと移動させる。
短い手足が何とも言えず可愛らしく見えた。
「…あれ?」
そんな彼女のゴーレムを見つつ、ラビがその首を傾げた。
前に差し出したコウの手に乗って翼を休めるゴーレムに向かって言葉を発する彼女。
ラビの視線には気づいていないらしく、時折頷くような素振りを見せつつ話を進めていた。
「―――…はい、わかりました。ではすぐに本部に戻ります」
大した雑音もなく通信を終えたコウはふぅと溜め息を一つ。
そして振り向いた先に居たラビを見て、思い出したように口を開いた。
「任務が完了した事は伝えておきましたよ。リーバーさんが戻って来いって仰っていました」
「あ、そう…なんか?悪いな、報告させて」
「構いませんよ。あぁ、ラビさんは帰り次第ブックマンさんがお呼びだそうですよ」
コウの言葉にラビは「げ」と表情を引きつらせる。
そんな彼の変化に彼女が首を傾げた。
髪の先に付いた飾り鈴が小さく音を奏で、黒髪が揺れる。
「後片付けにファインダーの人たちを寄越してくれるらしいですから、そのまま帰還するようにと」
「了解~。んじゃ帰るとすっか」
腰を降ろしていた槌を持ち上げ、それを縮ませると足につけたホルダーへと押し込む。
コウも彼女の武器を袖へと仕舞いこんでいた。
手を下に向ければ自然と手の平に武器が降りてくるようにと、ホルダーは袖に装着してある。
「そう言えば…それって何?」
「私のイノセンスですけれど…」
「あー、違う違う。それの名前さ」
ラビの言葉にコウはあぁ、と頷く。
そして先程仕舞いこんだばかりのそれをスルリと袖から手の中へと落とした。
慣れた動きでそれをバッと開く。
「これは東国の民族的なもので…名前は扇子と言います。これの武器としての名は
「センス?」
「元は風を起こして涼む為のものですね」
そう言ってコウはにこりと微笑むと、行き成りラビを扇いで見せた。
先程のアクマがどうなったかを瞬時に思い出し、彼は思わずピタリと制止する。
だが、風は優しく頬を撫でていくだけだった。
「斬るも斬らぬも私の意志次第ですから」
そんなに怯えなくても大丈夫ですよ、とコウは笑う。
パタパタと彼女の扇ぐ扇子の風に髪を揺らされながら、ラビはポカンと口を開いた。
怯えた自分が妙に馬鹿らしく思える。
「それにしても面白い武器だな。ちょっと見せてくんねぇ?」
「別に構いませんけど…。この部分は触らないようにしてくださいね。危険ですから」
彼女は扇子の弧となっている部分を指す。
何故?とでも言いたげな彼の視線を受け、コウは彼に手渡す前に扇子を開いたまま構える。
そしてブーメランを飛ばす要領で扇子を投げた。
綺麗に弧を描いて飛んだ扇子は途中で傍にあった古木を巻き込んで彼女の元へと戻ってくる。
一見幹を掠めただけに見えた古木が中ほどで折れ、辺りに僅かな砂塵を撒く。
その様子を目の当たりにしたラビは呆気に取られた。
「端に切れ味抜群の鉄線を仕込んでありますから」
パチンと扇子を閉じると、コウははい、とラビにそれを差し出す。
恐る恐るではあったが、彼はそれを受け取った。
ゆっくりとそれを開けば、血を落としたような紅の上に走る龍が見えてくる。
その絵柄の繊細さにラビは一時目を奪われた。
「中々綺麗なものでしょう?日本屈指の絵師に描いてもらったんです」
誇るようにそう言った彼女に、ラビは考えるまでもなく同意の声を上げる。
彼の返事に嬉しそうに笑うコウ。
彼女の動きに合わせてリン…と鈴が鳴る。
物珍しげに開いては閉じて、を繰り返すラビを彼女は穏やかな表情で見ていた。
「へぇー…ありがと。…そう言えば、日本から来たんだよな?」
扇子、風迅を受け取りながらコウは頷く。
「んじゃ、ユウと同じだな」
「“ゆう”?」
聞きなれないと言うよりはどこか慣れ親しんだ発音に、コウが鸚鵡返しのように声を発する。
ラビは頷きながら「神田ユウ」と彼のフルネームを教えた。
「コウと同じく日本人だよ。詳しい事は…あんま話さねぇからわかんねーけど」
「そうなんですか…本部に帰れば逢えるでしょうか?」
「多分な。アイツ、任務以外ではあんま外に出ないから」
少しずつ足を進めながら、彼らは一つ、また一つと言葉を交わす。
初対面な二人だが、言葉を交わすうちに徐々に打ち解けていった。
「そう言えば、その髪型もユウと同じ」
「そう…なんですか?」
「うん。きっと嫌がるんだろうなぁ…。あー、楽しみ!」
本部に帰ったラビとコウ。
ラビは報告も草々に神田の所に彼女を連れて行く。
それからと言うもの、一目見るなり明らかに眉を寄せた彼に遠慮して、コウは髪を低い位置に束ねるようになった。
すっかりブックマンの呼び出しを忘れていたラビが、彼にこってり絞られたと言うのはまた別の話。
06.01.19