Good morning
Destiny Side story

鳥のさえずりが耳に届く。
優しい日差しに包まれて、その意識は覚醒していった。











「…おはようございます」

ぺこりと頭を下げたコウに、目の前に座っていた彼は口元を引きつらせた。
まるで初めて出逢った頃のような話し方に、思わず間髪を容れずに口を開く。

「気色悪い」

すぐに噛み付いてくるいつもとは違って首を傾げた彼女に、神田は盛大に溜め息をついた。
彼の溜め息に合わせるように膝の上のアズが、ふぁ…と呑気に欠伸する。












任務の移動中、彼らは一夜を汽車で過ごした。
もう一時間もすれば目的地に到着すると言う車内アナウンスを聞いた神田とラビがそれぞれ反応する。

「んじゃ、俺一応汽車の中歩いてくっから、コウの事起こしといてよ」

んーと身体を伸ばしたラビは自分のイノセンスを持っている事を確認し、一室の扉を開いて出て行く。
暖を取る為にアズを抱きしめたまま眠っているコウに視線を向け、神田は溜め息を漏らした。
どうせなら見回りの方に行かせろ、と思いながらも起こさないわけにはいかない。
仕方なく彼はコウに手を伸ばした。
それに伴って首を擡げたアズに、思わずその手を止める。

「…起こすだけだから噛むなよ」

睨むようにそう言えば、彼は納得したのか神田の邪魔にならないように膝の上から彼女の隣へと移動する。
相変わらず憎らしいくらいに人の言葉を理解する奴だな、と思った。

「おい、起きろよ。もう着くぞ」

二度ほど肩を揺らし、そう声を掛ける。
ピクリと睫毛が揺れ動き、その目が開かれた。
そして時は冒頭へと戻る。












どれだけ喋っても敬語。
どれだけ文句を言っても敬語。
しかも別人の如く穏やかにアズと談笑している。
いや、相手は喋らないのだからコウが一方的に話すだけだ。
とは言っても時折答えるように反応を示すのでコミュニケーションは取れていると言えるのかも知れない。

「何だってんだよ…」

もはやそれに対して何かを言う気力さえ残っていない神田。
彼女にはいつも調子を狂わされてばかりだが、今日はいつもに増して酷い。
半ば額を覆うようにして彼は背もたれに深く身体を沈めた。
そんな時、救いの手と呼べる人物が帰ってくる。

「ユウ。言うの忘れてたんだけどー…って、コウ起きた?」
「…起きた事には起きた」

任務前だと言うのにぐったりした様子の神田と、おはようございます、などと和やかに挨拶するコウ。
やはりと言うか何と言うか…。
ラビは予想通りの状況に思わず苦笑した。

「ごめんごめん。すっかり忘れてた」
「…何の事だよ」
「これ、まだ起きてねぇんさ」

コウを指さしてそう言ったラビに、神田は数秒置いて「は?」と返す。

「普通に喋ってるぞ」
「うん。でも起きてないらしい。何にも覚えてないから」
「…嘘だろ…」

普通に話して、こちらの言葉にも答えていると言うのに、彼女は起きていないのだと言う。
常識では考えられない事に神田は頭を押さえた。

「で、どうすれば起きるんだよ?まさかこのまま放って置けとか言わないだろうな」

神田の顔には冗談じゃないぞ、と書かれていた。
ラビは首を振りながらピースサインのように指を二本立てる。

「一つ目は…衝撃で起きる。要するに自分からどっかにぶつかるか、殴られれば起きるって」
「………そのうち死ぬな、こいつ…」
「んで、二つ目。ちなみに俺としてはこっちがオススメね」

二本のうちの一本を下げ、ラビはニッと口角を持ち上げた。
それを見た神田が眉を寄せた事に満足したのか、ラビは手を下げる。
そしてコウの方に向けて上下に手を揺らし、彼女を呼んだ。

「コウ、おはよ」

そう言って彼は彼女の頭を撫で、その額に軽く唇を落す。
親が子供にするような、ただ純粋に微笑ましく見える光景だった。

「…おはよ、ラビ」

パチッと瞬きしたかと思えば、先程までとは違った質の声で彼女はそう言った。
髪質を楽しむようにコウの頭を撫でたままラビは神田の方を向く。

「二つ目、頭撫でてキスすれば起きる」
「…………………お前はガキかっ!!!」

長い沈黙の後、神田の拳が情け容赦なくコウの頭に振り下ろされた。

「っ!!!な、何すんのよっ!?」
「起きるのくらい自分で起きろ!!」
「無茶言わないでくれる!?大体寝てる時に自分でどうこう出来ないわ!」
「んなもん気合が足りねぇんだよっ!!」
「アンタはどこぞの熱血教師か!!」

他の客に迷惑だろうと思えるくらいに騒がしい一室。
何だかんだ言っても、仲は悪くない二人だ。

「さっさと準備しろよ!」

そう言って扉がかわいそうなのではと思うくらいの勢いでそれを閉め、彼は出て行った。
その背中を見送った後、コウは膝の上のアズに言う。

「アズ、行ってらっしゃい」

にこやかな笑顔の裏に秘められたそれを読み取ったアズはバサッと翼を広げて扉の前まで移動する。
そして、その可愛らしい眼で脇に居たラビを見上げた。

「ほどほどにな」

そう言って彼の頭を撫でると、ラビは扉を開けてやった。
隙間から滑り出て行ったアズ。
一つ前の車両が煩くなった気がするのは、気のせいではないだろう。





ご主人の命を果たしてご機嫌な様子でコウの肩に乗り、盛んに尾を揺らすアズと彼を撫でるコウ。
未だに笑いの余韻を引っ張りまくっているラビ。
そして、きっちりと手に包帯を巻いた神田。
そんな3人と1匹の姿が、朝焼けのホームにあった。


余談だが、コウの寝起きが悪い事が判明してから、夜を挟む任務は常にラビか神田が一緒に向かう事となった。
ラビはもちろん今回のような優しいの起こし方。
神田は―――今はご想像にお任せする。

こうして、彼らの一日は始まりを告げる。

05.10.10