Destiny - 85 -
「コウさん…っ!!」
階段を転げるように駆け下りてきた少女は、躊躇うこともなくコウに飛びついた。
堪え切れなかった涙がボロボロと彼女の目から流れ落ちる。
「コウさん、コウさん…っ!もう、会えないって聞いて、私…!!」
縋り付くようにして涙するリナリーは、それ以上何も言えないようだった。
コウは彼女に向けて苦笑に似たそれを浮かべ、優しく背中を叩く。
それから、リナリーの後ろから階段を下りてきた人物を見た。
「何も言わなくて、ごめん。ごめんね、アレン」
「…本当ですよ。気がついたらここにいて、さよならもろくに言えなくて…」
「ごめんね」
「一人で全部抱え込んで…コウは馬鹿です。一言くらい、相談して欲しかった」
階段を下りきった彼は、そのままコウの元まで歩いてくる。
今にも泣き出してしまいそうなその表情に、彼女は柔らかく微笑んだ。
「コウ…」
「…うん」
「…おかえりなさい」
「うん。…ただいま」
あんな別れ方をしたと言うのに、迎えてくれる。
あたたかい場所だと、コウは涙腺を緩ませた。
涙が零れる事はなかったけれど。
「おかえりなさい、コウさん!」
バッと身体を離したリナリーも、アレンに遅れるものかとばかりにそう言った。
涙で目元を赤くしながら、頬に幾重もの涙の筋を残しながら。
彼女は、それでも嬉しそうに微笑み、そして「おかえり」と告げる。
優しくて、あたたかい場所。
ここもまた、確かに自分の居場所だった。
「千年伯爵は沈黙してるんですね」
コムイの部屋に通されたコウは、彼から現状を聞いた。
コウの確認めいた言葉に頷くと、彼は続けるように口を開く。
「君のアズにも…戦ってもらいたい。この戦いに終止符を打つために」
「もちろん、アズも協力してくれます」
コウがそう言えば、アズはさも当然、と言わんばかりに彼女の膝の上で胸を張る。
そんな彼の真っ白な毛並みを撫で、コウは顔を上げた。
「コムイさん…私は適合者ではありません」
もう知っていると思いますけれど、と彼女はそう言った。
コムイは少しだけ躊躇って、それからこくりと頷く。
「正式にイノセンスを所持しているのはアズであり、私はそのお零れを預かっているに過ぎない。
それでも…アクマを破壊する術を持つ者として、本部の中で大人しく待っていることは出来ません」
そこまで言うと、彼女はゆっくりと息を吸い込んだ。
己を落ち着かせるように深呼吸をして、それからもう一度口を開く。
「私も、戦わせてください」
真剣で、そして強い眼差し。
コムイはそれを正面から受け止めた。
いつものふざけた様子は微塵も見られない。
そこにいるのは、教団の室長、その人だった。
「教団としても、それを頼みたい。今まで以上に厳しい戦いになるだろうけれど…共に、戦ってくれるかい?」
彼の言葉に、コウはしっかりと頷いた。
「厳しくても、大丈夫です。私には―――」
ガタン、と音がしたかと思えば、それに続くようにして部屋のドアが押し開かれる。
そこから雪崩れ込んでくる仲間たちの姿に、コウとコムイは驚いたように目を見開いた。
それから、二人して顔をあわせて苦笑する。
「仲間が、いますから」
「……そうだね」
折り重なって床に山積みになっていた彼らは、痛いやら押すなやらと騒ぎつつも何とか脱出できたようだ。
いつの間にか、コウの両隣にはラビと神田がいた。
「一緒に戦ってくれるよね?」
コウが彼らに問いかける。
「当然だろ?コウがいないと調子狂うし、一人でユウを止めんの大変だし」
「お前を一人にしておくと、何をしでかすかわかったもんじゃねぇからな」
各々から、何とも彼ららしい答えが返って来る。
それを聞いて、彼女は今一度笑みを深めた。
「これからもよろしく、だね」
お別れを言えなくて、ごめんなさい。
あの方法しか選ばなくて、ごめんなさい。
それから…今までありがとう。
まだ1年しかすごしていない世界で一生を過ごすと言うこと。
少しだけ楽しみで、とても不安。
けれど…私は、精一杯やってみようと思います。
もう二度とあなた達とは会えないかもしれないし、もしかすると会えるのかもしれない。
どちらと決めてしまうことも判断してしまうことも出来ない。
どうか、元気で…願わくは、あなた達の身体が元に戻り、皆が平和に暮らせますように。
この手紙が、あなた達の元へと届きますように。
コウ・スフィリア
パン、と両手を合わせる。
それから、封筒に刻まれた錬成陣の上にその手を触れさせる。
錬成反応が封筒を包み込み、やがてそれが治まった頃には、そこにあったはずの封筒は消えていた。
どこに行ったのかはわからない。
分解されてしまったのか、煙のように消えてしまったのか、それとも彼らの元へと世界を渡ったのか。
今となってはそれを確認する術はなく、コウは天井を仰ぐ。
不意に、コンコン、と部屋のドアがノックされた。
「コウ~。南の方でアクマ大量発生中。至急現場へと急行されたし、だってさ」
「おい、放せよ!」
「ユウが一人で先に行こうとするから悪いんさ」
ドア一枚向こうの彼らの様子がありありと想像でき、コウはクスリと笑った。
そして、アズに向けて「行こうか」と声をかけ、部屋を後にする。
主人のいなくなった部屋の中を、一瞬の錬成反応が包み込む。
光の治まった部屋のベッドの上に、ひらりと白い封筒が舞い降りた。
The End.
2005.09.03~2007.11.05