夥しい量の血。
激しい戦いの傷跡。
折れた鞘、千切れた死覇装。

「朽木四席は我々を逃がし、一人この場に…」

頭や腕に包帯を巻いた、一隊員が苦しげにその時の状況を語る。
それを悲痛な面持ちで聞いているのは、阿散井だ。
彼はその報告を聞きながら、そっと自隊長を見る。
主を失った鞘の端を拾い上げた白哉は、無言で目を細めた。

睡蓮

紅が流魂街に向かったのは、虚発生の一報が入ったからだ。
彼女は六番隊ではなく、五番隊の小隊を率いて現場へと向かった。
別の隊員を率いて行かなければならなかった理由は明らかにされていない。
だが、その背後には彼女を隊長に押し上げようと言う明らかな思惑が見えていた。
とりあえず簡単な任務を共にする事で、彼女の実力を隊員らに知らせようという魂胆だろう。
理解しながらも、彼女はその命令に異を唱えることなく従った。

「隊長…」

阿散井は一通りの報告を聞き、怪我を負った隊員を瀞霊廷に帰した。
そして、無言で現場に佇む白哉の背に声をかける。
これからどう動くべきなのか、その指示を仰ぐためだ。

「下位の席官で小隊を組み、捜索に当たらせろ」
「は、はい!」

勢いよくそう答え、阿散井は部下に指示を出すべくその場を去る。
一人そこに残った白哉は、焼け焦げた土の傍らに膝をつく。
手の平に掬い上げた土が、ボロッと崩れ落ち、指先からすり抜けた。
五番隊の報告を聞く限り、彼女が生きている可能性は低い。
時間稼ぎのために残った者の末路は、そう多くはないのだ。
それは、白哉とて理解している事。
しかし、それは納得とは程遠い。
霊圧の名残を探すように土を撫でる白哉の手が、不意に不自然にその動きを止めた。

「…―――」

紅がそこにいたと言う名残、それを探していたはずの白哉が別の名を口にする。
不確かではあるけれど、この霊圧は紅のものではなく、別の第三者のものだ。
加えるならばそれは白哉にも覚えのあるもので―――彼の表情が歪む。

「隊長!小隊を組んでおきました!もう間もなく―――」
「恋次」
「…っはい」
「技術開発局に協力を依頼し、残留した霊圧を探らせろ。必要があれば周囲一体を掘り返しても構わぬ」

そう告げると、白哉は瞬歩でその場から消えた。
















―――紅、目覚めなさい。

外からではない声。
内なる声が聞こえ、意識が浮上を始める。
目を開いたそこは見知らぬ場所。

「…焔霞」

紅は警戒心を露にして、自身の斬魄刀を呼んだ。
先ほど自分を覚醒へと導いてくれた声は、焔霞のものだ。
ふわり、と刀から分離した赤い蝶が紅の視界を泳ぐ。

「目を覚ましたようだな」

声が聞こえた。
気配を感じなかった紅は、声のほうへと視線を向ける。
紅の警戒心に反応して、蝶が焔の鱗粉を撒き散らした。

「…東仙…」

名前の後ろに不自然な間が空いてしまったのは、隊長、と呼びそうになったからだ。
護廷十三隊を抜け、藍染と共に虚圏に消えた彼は、隊長と呼ぶに相応しくない。
慣れない呼び方は紅に違和感しか残さなかったけれど、それは些細な問題だった。

「藍染様に感謝する事だ」
「…藍染…?」
「あのまま消えるしかなかった魂魄を繋ぎとめたのは藍染様だ」

東仙の言葉はあくまで冷静で、それが事実である事を疑わせない力を持っていた。
しかし、紅は自身の身体のことだけにその言葉に対して違和感を覚える。
魂魄に影響したような感覚はない。

「…本当の事だとは思えないわ」
「信じるも信じないも君の自由だ」

紅の疑惑に答えたのは東仙ではない。
視線を向ければ、見慣れない高圧的な笑みを浮かべる藍染がそこにいた。

「君を救ったと親切を押し付けるつもりはないよ。要はあくまで事実を述べているだけの話だ」
「…………」
「君の力は強大で押さえ込むのに苦労したが…無事で何よりだよ。“彼”も案じていた」

藍染の言葉が、彼、の部分を強調したように聞こえた。
訝しげな視線を向ける紅。
彼の背後に、新たな人物が現れ―――彼女の頭は思考を停止させた。
藍染の後ろから、いつもと変わらぬ淡白な表情のまま進み出てきたその人。
紅の目がすっと細められた。

「あなたは…どこまでも私を莫迦にするのね」

紅はそう呟き、自嘲めいた笑みをこぼす。

「私はその斬魄刀の能力から逃れる術を持っていないわ。けれど―――」
「紅?」

彼の声が紅の名を呼ぶ。
しかし、彼女はそれに対して眉ひとつ動かそうとはしなかった。

「白哉様がそこにいるように見せれば、私が流されると?あの人はここには来ないわ。
あなたが傷つけたのは、あの人の最も大切なもの。そんなあなたに付いていく筈がない」

紅が迷いのない声でそう言った。
その声に呼応して、赤い蝶が彼女の周囲を飛ぶ。

「―――…流される事はないと思っていたよ。そこまで君を侮っているつもりはない」

くっと喉を鳴らした藍染。
その後ろにいた彼、白哉の姿が崩れ始める。
そこにいたのはやはり彼本人ではなく、抜けた隊長の一人、市丸だった。

「やはり、私は君が好きだよ。出来るならば流されてほしいと思っていた」

紅は静かに斬魄刀を握った。
座り込んでいる身体を立ち上がらせようと、ぐっと全身に力を込める。

「あぁ、言い忘れていたが…動かない方がいい」

まるで、彼の言葉がきっかけになったように、紅の身体から力が抜けた。
立ち上がるどころか、斬魄刀を握った手すらも重力に従って垂れる。

「な―――」

自らの身体が、その意思に反して動かない現実。
紅は驚きに表情を染めた。

「君の身体は見た目にはなんの影響もないように見えるが、中は傷だらけだよ」

藍染の言葉すら遠く聞こえる。
後を追うようにして身体内部がズキズキと痛みを訴えだした。
全身を刀で刺すような、耐え難い痛み。

「ひとつ、朗報を残しておこうか。君が率いていた隊員は、誰も死んでいない。
そして…君は、あの虚に勝った。消えかけた君を助けたのは、元部下を助けてくれた恩、とでも思ってくれ」

藍染は白い死覇装を翻して部屋を出て行く。
それを追って東仙もその場を後にし、市丸だけが残った。

「…お大事に」

そんな言葉を残して、彼もその場から姿を消した。

10.03.14