伸びてきた刃を視界に捉えても、私にはどうすることもできなかった。
何かをしようと考える事すらできない。

―――あぁ、終わる。

無感情にそんな事を考えるのと同時に、視界がぶれた。
身体を包む、優しくも力強い何か。
目の前に現れた死覇装と、血の中に確かに存在する高貴な香。

「…兄…様…!」

私はまた、守られた。

睡蓮

ルキアの代わりに白哉を貫いた市丸の刃が引いていく。
抜けた傷口から溢れた鮮血がバタバタと地面を赤く染めた。
自らを呼ぶルキアの声に、彼の目が一瞬だけ彼女を捉える。
一護との戦いで既に傷を負っていた白哉は、そのまま膝から崩れ落ちた。

「兄様っ…!?」

困惑にも似た表情を浮かべるルキアは、どうして、と思った。
自分は、彼が命を懸けるほどの人間ではない。
そうなのだと、思っていたのに。

「どうして、兄様まで…っ」

息を荒く肩を落としていた白哉は、その言葉に僅かに肩を動かした。
ここに向かう瞬歩の途中で感じた霊圧を知っている。
俯きがちだった白哉の顔が動き、そして捉えた。

「…紅…?」

瞼を伏せ、息だけを荒くする彼女は、その声に応えない。
応えられない彼女の代わりに、じわり、と血の池が広がった。

「あぁ、君に見せずに済むように片を付けるべきだったか」

その言葉の示す暗さなど微塵も感じさせない、陽気な声だ。
ざり、と地面を踏んだ彼は地に伏せる紅へと近付き、彼女の頬に飛んだ血を指先で拭う。

「彼女はよく動いていた。君が直隠しにしてきた実力を、初めて見せてもらったよ」
「―――…な…」
「私の元に居ない事が残念だ」
「紅に触れるな…!!」

空気が震えた。
ルキアは怒りに呼応するように弾けた霊圧よりも、彼が声を荒らげた事に驚く。
彼のこんな姿を見るのは初めてだ。
立ち上がろうとした彼の動きにより、傷口が新たな血を溢れさせる。
ルキアは慌てて彼を支え、それ以上の動きを止めた。

「兄様、いけません…!」

動こうとすればするほど、量を増やす赤。
彼女にはそれが、彼の命が零れ落ちているように見えた。
ルキアなど目に入っていない様子で、藍染を睨みつける白哉。
しかし、身体は彼の心を裏切り、傷が動きを制する。
彼の手は刀を握るどころか、一歩進む事すら出来なかった。
それでも動こうとした事が一線を越えさせてしまったのか、糸が切れるように再び膝を付く彼。
もはや、顔を起こしている事すら出来ない様子の彼に、ルキアが必死に呼びかける。
背筋が逆立つような笑みを浮かべ、刀に手をかけながら近付いて来る藍染。
彼の存在に気付くと、ルキアは白哉を守ろうと細い身体で彼を抱き締めた。
ルキアに彼を守る術などない。
しかし、夜一と砕蜂の到着を皮切りに駆けつけた隊長らにより、彼らは一命を取り留めることとなった。











「井上」

織姫の能力により、一護の傷は癒えた。
顎を伝い落ちた汗を拭う彼女を呼ぶと、彼女は慌てて視線を彼へと落とす。
一護は彼女が見ていた方―――紅が治療されている場所を見つめ、口を開いた。

「紅さん…あの人を、助けてやってくれないか?」
「あの人は…?」
「ルキアの姉だ」
「お姉さん…。うん、わかった」

しっかりと頷いた織姫に、一護がほっと安堵の表情を浮かべる。
彼女の能力ならば、紅を治すことができるはずだ。

「疲れてるのに悪ぃ。頼んでおいて何だけど…大丈夫か?」
「大丈夫だよ!行って来るね!」

顔や首筋を流れる汗の量を見れば、彼女に疲労が溜まっている事は明らかだ。
彼女の返事が空元気だということに気付きながらも、一護は彼女をとめようとはしない。
紅には生きてほしいと思うから。
走っていく織姫の背中を見送り、彼は顔の位置を戻して仰向けのまま青い空を見上げる。



「あの…!私に任せてくれませんか?」

四番隊の隊員が慌しく入れ替わる中、到着した織姫がそう声を上げた。
治療に当たっていた全員が彼女を見て、そして隊員同士で顔を見合わせる。
旅禍が敵ではないとわかっているが―――任せても良いものか。
彼らには、それを判断する権限がない。

「大丈夫なのですか?」

少し離れた場所で白哉の治療に当たっていた卯ノ花が織姫に問いかける。
彼女の目から見れば、織姫の限界は近かった。
けれど、紅が危険な状態にある事は紛れもない事実だ。

「…大丈夫です」

見透かすような卯ノ花の視線に、織姫は言葉を詰まらせた。
しかし、そう頷く彼女。
彼女の意思をしっかりと感じ取った卯ノ花に、それ以上言う事はない。

「…では、お願いします」

彼女が許可を出した事により、四番隊の隊員が織姫に場所を譲った。
すぐさま治療を始める彼女。

「…紅、は…」

卯ノ花が声に反応して織姫の様子に向けていた視線を落とす。
瞼を伏せ、浅く呼吸する白哉。
彼のこの場でできる治療は殆ど終わっている。

「旅禍の少女が治療に当たってくれました。紅さんは大丈夫ですよ」

ルキアは織姫の能力を知らなかった。
だが、卯ノ花がそう言うならば大丈夫なのだろうと、肩の緊張を解く。
それでも、握り締めた白哉の手を離す事はなかった。

「兄様…私の所為で、姉様まであんな事に…申し訳ありません…」

崩れ落ちた紅を思い出し、ルキアの目に薄っすらと涙が滲む。
涙に揺れる声を聞き、白哉は薄くその瞼を開いた。

「…謝るな。紅にとって…お前が、大切だったというだけの話だ」

無事ならばそれでいい。
たとえ無事でなかったとしても…ルキアを憎む事などありえないだろう。
もし、そうなった時に憎むものがあるとすれば、それは―――自分自身だ。
その心中を多く語る事はなく、白哉は再び瞼を伏せた。

09.12.07