「ただいま、帰りました」

死覇装に身を包み、洗練された動きで隊長の前へと進む。
家では背中に流している髪を高い位置で結いあげるその姿は、普段とは別人のような印象を与えた。
しかし、白哉に対して忠実であると言うその姿勢はどちらも変わらない。

睡蓮

書類から顔をあげ、紅へと視線を向けた彼は、静かにその先を促す。

「…現世にて、ルキアを―――」
「失礼致します!」

戸を破壊しそうな勢いで飛び込んできた死神により、紅の声は途中で遮られてしまう。
軽く眉を顰めた白哉だが、その緊急性を悟ったのか彼女に目配せをしてからその死神へと視線を投げる。

「報告を聞こう」
「は!技術開発局より、行方不明だった十三番隊の隊員、朽木ルキアを発見したとの報告です!
至急、確認をお願いします!」

紅は背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
こんな風に白哉に知られたくはなかったのだ。
自分の口から、ルキアの様子を伝えてから、その上で彼の判断を仰ごうと思っていたのに。

「ご苦労だった。すぐに隊から使いをやろう」
下がっていい、と目で促された死神は、もう一度深く頭を下げてから、今度は静かに戸を開けて出て行った。
「…紅」
「はい」
「技術開発局へ」
「わかりました」

さほど厳しくはないだろうけれど、罰はあるはずだ。
ルキアが連れ戻されると思うと、少しだけ気が重い。






そんな紅を横目で見ていた白哉は、その心中を薄らと理解する。
朽木家に劣るとは言え、名高い家の出身だ。
貴族として許されぬ感情であることを理解している彼女は、公の場でそれを口にしない。
いや、公の場だけではなく…白哉の前ですら、その本音を明かそうとはしなかった。
彼としては喜ぶべきことなのだろうけれど、頭のどこかに覚える違和感だけは拭えない。
いつか彼女の本心を聞く日が来るのだろうかと。
頭の片隅で、そんな事を考えた。

「…白哉様」
「何だ?」
「…勝手を聞いてくださって、ありがとうございました」

技術開発局に行く前にと、紅は彼に向かって頭を下げた。
丁寧なお辞儀を見つめながら、先ほどは聞けなかった質問を口にする。

「紅もルキアを見つけていたのか?」
「……はい。ルキアの無事を確認し、戻ってまいりました」
「何故連れ戻さなかった」

いくらか鋭くなる問いかけに、紅は視線を落とした。
すぐには答えない彼女の心中は、どうなっているのだろうか。
白哉への忠義心と、ルキアへの想い。
揺れる天秤は、どちらかに傾いてしまうことを恐れている。
やがて、急かされることのない時間を過ごした紅は、ゆっくりと口を開いた。

「…お世話になった方がいるようでしたので、礼をしてから戻るようにと…私が、そう言いました」

どう答えればよかったのだろうか。
答えないと言う選択肢を選ぶことが出来なかった紅は、罪悪感を抱えつつ半分偽りの言葉を吐き出す。
そんな自分が、酷く醜く思えた。
白哉の視線はまっすぐで、そんな自分の心など隅まで見通されているような気がする。
それでも―――ルキアの為…そう思えば、耐えられた。

「…そうか。どうなるかは上が決定するだろう」

例え紅の言葉が本当だったとしても、彼女が戻らないと言う事実は変わらない。
何かしらの罰則を受けなければならない事は必至だ。
上が、と表現した彼の言葉が氷の刃のように冷たく感じる。

―――そこにあなたは関与してくれないのですか?

喉から零れ落ちそうになった言葉を、必死の思いで飲み込む。
隊長とは言え、別の隊の者の処罰に関与する権限はない。
しかし、四大貴族の朽木家現当主としてならば、どうだろうか。
無罪放免は無理だとしても、減刑を望めるのでは―――そんな、浅ましい考えが浮かんで消えてくれない。
それを振り払うように、紅は視線を落とした。

「紅?」
「…技術開発局に行ってまいります」

白哉の視線から逃げるようにして、執務室を後にした。











部屋を飛び出した紅は、そのまま前も確認せずに廊下を早足で歩く。
角に差し掛かった彼女は、無言で後方へと三歩下がった。

「ぅお!?あ、危ねぇな…って、雪耶四席」

注意力が散漫になっていようと、六番隊の席官の一人として、無様な姿をさらす事は許されない。
紅が避けたお陰で衝突を免れた相手は、六番隊の副隊長、阿散井恋次だった。
ぶつかりかけたと言う事に気づいた彼は、相手に突っかかろうとし、それが紅であることに気付いて慌てる。
彼女は自分よりも席は下だが、上司である隊長の妻だ。
ただ部下と言うだけならば遠慮なく呼び捨てるのだが、もちろんそう言うわけにもいかず…そもそも名前が呼び辛い。
悩んだ結果、彼は紅を旧姓で呼ぶことを選んだ。

「阿散井副隊長…」
「雪耶四席、帰ってたんすね。お疲れ様っす」
「はい。少し前に」
「あいつは…どうでした?」
「―――見つかりました」

短くそう答えた紅に、阿散井の表情が明るくなった。
本当か!?といつもの砕けた敬語すら忘れる彼に、ルキアに対する想いが見える。
だからこそ、ズキン、と胸が痛んだ。

「今から技術開発局に向わなければなりませんので、詳しくは後ほど…」

失礼します、と軽く頭を下げ、足早に去る紅。
彼が何かを言う暇すら与えずに去っていく背中に、阿散井は疑問符を抱く。
まるで、何かを問われることを恐れるかのような行動だ。

「紅さん…何を考えてるんだ?」

その疑問に答えてくれる者は居ない。

09.02.01