地獄蝶を従えて現世へと降り立つ。
三日間―――それが、紅に許された時間だ。
あの白哉が許可をくれたのだ。
ルキアを探し出したいという心に偽りはないはず。
何が何でも、せめて情報だけでも持ち帰らなければならない。

「ルキア…どうか、無事でいて…」

睡蓮

紅は意識を集中させる。
大気中の霊気を視覚化する―――霊絡。
無数の帯を見つめる紅の顔に、表情はない。
やがて、何かに反応したように肩を揺らす。

「死神」

白ではない霊絡の存在に気づく。
そっと瞼を閉ざし、次に開いた時には、無数の霊絡は姿を消していた。
腰の斬魄刀の存在を意識してから、紅は瞬歩でその場から移動する。










「これで終わりだ!」

虚の仮面を真っ二つに叩き斬りながら、一護がそう叫んだ。
ザァ、と砂が崩れるように形を失っていく虚。
それを見届けながら、彼は刀と呼ぶにはあまりに大きすぎるそれを肩に担いだ。

「終わったぞ、ルキア」
「うむ。少しは手際も良くなってきたな」

後ろで見ているだけだと言うのに、随分と態度が大きい。
一護はケッと視線をそらし、刀を鞘に戻した。

「…よし。虚の反応もないし…帰るぞ、一護!」
「てめぇ…いつになくデカイ態度だな、おい」

誰の家に帰るつもりだ、と呟く。
無断の居候の身でありながら、この態度だ。
慣れてきたのだと思えばそれはそれで問題ないようにも思えるけれど…いや、しかし。
軽く口元を引きつらせた一護の視界で、ルキアが唐突に何かに反応した。
ビクリと肩を揺らし、自分の右の方を見つめる。

「ルキア?」
「…―――…」

ルキアが何かを呟いたところで、その場に一陣の風が吹いた。
同時に、その瞬間まではそこにいなかった人物が、二人の眼前に現れる。
黒い髪を風になびかせ、一護と同じ死覇装に身を包んだ女性。

「死神…!?」

驚く一護を一瞥し、彼女はルキアを見つめる。
つられる様にしてルキアを見ると、彼女は紙の様な顔色で唇を震わせていた。

「…紅、様…」

知人や同僚に会ったという態度ではない。
顔面蒼白のルキアを見て、一護は考えるよりも先に刀を抜いた。
大きな斬魄刀を女性へと差し向ける。
それを見て慌てたのは彼女ではなく、ルキアだった。

「ば、莫迦者!!何を…誰に刀を向けておるのだ、貴様!!」

そう言って全力で一護の横面を引っ叩く。
彼女を庇うために取った行動のはずが、何故か彼女に平手を食らった。
意味がわからず、一護は「何なんだ!」と怒鳴る。

「紅様に刀を向けるとは何事か!」
「何事かって…こっちが聞きてぇよ!てめぇが怯えてるから助けてやろうとしただけだろうが!」
「な…!私が怯えていただと!?少し…驚いていただけだ、莫迦者!」
「アレのどこが驚きだ、阿呆!!」

ぎゃあぎゃあと怒鳴りあう二人に、女性…紅は目を瞬かせた。
こんな風に怒鳴るルキアを見るのは初めてだ。
何て自然体の姿なのだろう。
思わず、クスクスと笑い声が零れた。
その声を聞いたルキアがハッと我に返り、慌てて体裁を取り繕う。
パパッと身なりを整えてから背筋を伸ばして紅と向き直った。

「紅様、申し訳ありません。この莫迦が…」
「ルキア。そうじゃないと何度言えばわかるの?」
「紅…姉様」

紅の言葉にルキアがそう訂正すると、一護は驚いたように「姉ぇ!?」と声を上げた。
騒がしくなった彼の頭を拳で殴り、ルキアが彼女を見る。

「これは黒崎一護。訳あって…」

彼女の言葉は、不自然に途切れる。
強い力で抱き寄せられたルキアの身体は、そのまま紅に抱きしめられた。
小柄なルキアの身体は、大人の女性である紅ならば十分に抱きしめられる。
驚いて言葉を失う彼女の背中に手を回し、紅は絞るように声を出した。

「無事で…良かった…っ」
「姉様…」

掟を破った自分は、受け入れられないと思っていた。
だからこそ、慕っていた彼女が目の前に来た時、言葉を失ってしまったのだ。
彼女の唇から拒絶の言葉が吐き出されるのが怖かった。
それなのに―――彼女は、受け入れてくれるのか。
貴族に引き取られた者として、してはいけない事をしたのに―――無事を喜んでくれると言うのか。

「虚に食べられてしまったのかと…心配したわ」
「…申し訳ありません」

連絡しなくてごめんなさい。
心配させてごめんなさい。
信じられなくて…ごめんなさい。
複数の意味をこめ、ルキアは何とかそう告げる。
気を抜くと涙が零れてしまいそうだった。

「…無事でよかったわ、ルキア」

少しだけ身体を離した紅は、ルキアと額をあわせ、もう一度そう言った。


二人の様子を見守っていた一護だが、まだ刀を抜いたままだと言うことに気づき、それを鞘に納める。

「…ルキア。先に戻ってるからな」

そう言うと、彼はそのまま背中を向けてどこかへと立ち去った。
恐らくは自分の家に帰るのだろう―――そう思いつつ、まだ見えているその背中を見送る。
あれほどの大きな斬魄刀を持ちながら、霊圧の使い方がまったくなっていない。
凝固されることなく、ただ大きいだけのそれは、まるで学院の死神を見ているようだった。
少なくとも、鍛えられた護廷十三隊の死神ではない。

そんな少年が何故、斬魄刀を携えているのか。
何故…彼から、ルキアの霊圧を感じるのか。

事情を知らぬ紅には、ただルキアを案じることしか出来ない。
どうか、彼女が平穏に、心健やかに生きていけるようにと…そう祈るだけだ。

08.07.26