逃げ水
「あいつの刀から伝わった孤独。でも、唯一…あの人だけ、感じ取れた」
「…紅さん、ですか?」
「たぶん、な。俺はあんまり関わってねぇし、よくわからねぇんだが…少なくとも、藍染にとっては―――」
「…二人の繋がりは複雑に見えて…実は単純だったのかもしれませんね」
「………そ、か」
「黒崎さん、あなたがそんな顔をする必要はないんですよ。彼らは選び、そして進んだ。これはその結果だ」
―――紅。
今まで眠っていたことが嘘のように、パチッと目を開く。
開いた先に見える光景が現実のものであると理解するのに、時間が必要だった。
「―――」
名前を呼ばれた。
それは気の所為ではない。
けれど、呼んだはずの彼の霊圧を感じることが出来なかった。
それだけで、この状況を理解する。
「…彼は封印されましたよ。他ならぬ、崩玉自身が彼を拒んだ」
背後から聞こえた声に、紅は驚かなかった。
ゆっくりと時間をかけて振り向いた先には、浦原や何人かの隊長たち。
浦原以外の人は皆、どこかしら負傷し、治療の跡が見える。
「また…蚊帳の外に置かれている間に、全てが終わってしまったのね。そして…私だけが」
眠るように瞼を閉ざす市丸。
この位置からでははっきりと判断できないけれど、おそらく。
紅は悲しげに瞼を伏せ、空を仰ぐ。
「紅さん、あなたはどうするんです?」
「…どう、とは?」
「彼の意志を継ぎ、世界を崩壊させますか?」
浦原の言葉に、冗談の色はない。
彼は紅にそれが出来る力があると知った上で、問いかけているのだ。
彼女はそれに気付き、小さく笑みを浮かべる。
「どうして?」
「………」
「あの人がいないなら…世界になど、興味はないわ。ただ、色のない日々に戻るだけ」
紅は尸魂界へと連れられ、彼らによって囚われる。
彼女の能力の全てを知られれば、四十六室が動くかもしれない。
何にせよ、ここから先に、明るい日々などあり得ないことは確かだった。
「傍観していた立場であるとは言え、行動を共にしていた。本来であればあなたも彼同様に裁かれるべきだ」
「けれど、“彼ら”がそれを許さなかった―――そうでしょう?どの道、囚われる事に変わりはないわ。
あの人に会う事を許されないならば、せめて殺してくれればいい」
不可能でしょうけれど、と紅は自嘲の笑みを浮かべた。
この場にいる何人が、紅の力を正しく理解しているのだろうか。
「もう、全てを明らかにしてもいいんじゃありませんか?」
他の者よりは知識を持ち得ているはずの浦原がそう提言する。
紅は空を仰ぐ視線を落とし、彼を見つめた。
やがて彼女が何かを告げようと口を開いた、その時。
一瞬のうちに、彼女を取り囲むようにして十数人が現れた。
頭からつま先まで、全てを白で統一したその姿。
「紅様」
「………わかっているわ」
紅は全て理解しているとばかりに、躊躇いなく両手を差し出した。
声をかけた男が彼女の手首に手をかざす。
キィン、と甲高い音がして、彼女の手首に白い枷が嵌められた。
両手を繋ぐ鎖はなく、一見すると腕輪をしているようだ。
けれど、それは間違いなく、彼女にとっての枷。
紅は自身の手首に嵌るそれを見つめ、瞼を伏せた。
「参りましょう」
四方を囲まれるようにして、そう促される。
不意に、一歩だけ足を進めた紅が、首だけで浦原や隊長たちを振り向く。
「私の事が知りたいならば、屋敷を訪ねてくるといいわ。…時間は嫌と言うほどあるから」
そう言い残し、紅は白い彼らによって連れて行かれた。
10.12.18