廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 番外編:オリーブ --

その日、米沢城は突然の来客に驚いた。
とは言え、驚いたのは城に仕える人々で、主人である彼は平然とその報を聞く。
悠希の突飛な行動には慣れてしまっているのだろう。
彼の懐の広さに関心すべきか、それとも彼女の唐突な行動の多さに呆れるべきか。

「えー。紅いないの?」
「あぁ。今朝から北の農村の視察に向かってる」

生憎だったな、と言いつつ、女中に彼女を持て成すようにと命じる。
客間へと通された悠希は、不満気に唇を尖らせた。

「この子の成長を見せるついでにお祝いに来たのに。この分だと本人も覚えていない可能性が高いなぁ…」
「祝い?」

今日は何かあっただろうか。
政宗が確認するように問いかける。
すると、悠希はあれ、と瞬きをした。

「言ってなかった?明日は紅の誕生日なの。この時代では馴染みがないだろうけど…」
「誕生日…生まれた日を祝うアレか?」
「そうよ。紅に聞いた?」
「あぁ、話だけはな。だが、日にちは聞いてなかった」

政宗の言葉に、悠希は苦笑を浮かべる。
そこをきちんと伝えない所が紅らしいなと思った。

「視察自体は時間はかからねぇ。明日には帰るだろうよ」
「そうなの?じゃあギリギリ間に合うかな」

良かったねー、と赤ん坊に話しかける横顔は、既に母親のそれだ。

「…顔つきが変わったな」
「そう?自分ではよくわからないけどね」
「手つきも危なっかしくなくなった」
「あはは。そりゃ、毎日抱きかかえてますから」















「お帰りなさーい!」

襖を開いて飛び出してきた人物。
気配を感じていた紅は、驚くでもなく悠希の身体を受け止めた。
流石に赤ん坊を抱いて飛びついては来ないだろうと言う考えに間違いはなかったようだ。
紅の侍女が悠希の赤ん坊を抱いているのが見えた。

「久しぶりね、悠希。氷景から聞いた時は驚いたわよ」
「折角帰ってきた彼にお願いしない手はないと思ったのよ。急がせて悪かったわね」
「平気。虎吉は喜んでいたし…視察も終わっていたしね」

そう言うと、紅は悠希から視線を外し、室内を見回す。
上座で湯呑を傾けていた政宗がその視線に気付いた。

「政宗様、只今帰りました」
「おう。道中、何もなかったか?」
「はい。視察の報告は如何いたしましょうか?」
「そうだな…今から聞くか。その方が、後からゆっくりできるだろ」

彼は頷き、腰を上げた。
部屋を出て行く彼に続こうと一歩目を踏み出したところで、紅はくるりと悠希を振り向く。

「先に報告だけ済ませてくるから、ゆっくり寛いでいて」
「うん。私の事は気にしなくていいよ。そろそろ授乳の時間だし」

ひらりと手を振った悠希の言葉を理解したかのように、赤ん坊が愚図り出した。
大声を上げるところまでは行かず、気付いた悠希が抱き上げる事により赤ん坊は落ち着いていく。
優しく揺さぶりながら声をかける彼女の姿に、紅は目を細めた。
そして、何も言わずに侍女に「頼んだわ」と声をかけて部屋を後にする。














「―――以上です」

さほど時間をかけずに済んだのは、視察自体が問題なく進んだからだ。
前準備を念入りに行ってくれた部下のお蔭だろう。
政宗は渡された報告書に視線を落とし、暫し黙り込む。

「特に問題点はなさそうだな。無事に冬は越せそうか?」
「不作の兆しも見えていないようですし、よほどの悪天候が続かなければ問題はないかと」
「そうか。とりあえず、川の氾濫だけは梅雨が来る前に処理しねぇとな。OK、確かに受け取ったぜ」

最後まで目を通したのか、彼は視線を上げて頷いた。
彼からOKを貰った事により、紅の仕事は終わる。
ほっと肩の力を抜く彼女に、政宗は報告書を文机に置きながら声をかけた。

「悠希も母親になってきたな」
「え?あぁ…そうですね。私もさっき同じ事を思いました」
「寂しいか?」
「…そう感じるかなと思っていましたけれど…意外と、平気です」

変化していく悠希に寂しさを感じるだろうと思っていた。
けれど、それを当然の事のように自然に受け止めている自分がいる。
自分でも、懐妊の知らせを聞いた時とは随分違う、と感じていた。

「それにしても…赤ん坊を連れてまでやって来るとはな。恐れ入ったぜ」
「本当ですね。まぁ、今から船に慣れていれば立派な船乗りに成長するでしょうけれど」

クスクスと笑う彼女。
そんな彼女を見て、政宗はふと思う。

「…お前も四国に行ってみるか?」
「え?」
「いつも迎えるばかりで四国に行った事はねぇだろ?同盟国を見ておくのも悪くはねぇからな」
「それは確かにそうですけれど…急ですね」
「戦関係なくお前と出掛ける機会はこんな時くらいしかねぇだろ」
「…こんな時?」

紅は政宗の含みある物言いに、小首を傾げた。
そんな彼女を見て、彼は怪訝そうな表情を見せる。
そして、ふと気付いた。

「あいつが来た理由はわかってるんだろ?」
「いつもの気紛れかと思いますが…」

違う。
確かに、彼女は気紛れでひょいと顔を見せに来るけれど、今回はそうじゃない。
政宗は紅の言葉に苦笑した。

「誕生日、って聞いたぜ?」
「え―――あ」

驚き、そして暦を思い出す。
そう言えば、そうだ。
忙しかったわけではないけれど、頓着していなかったから忘れていた。
同時に、ただの気紛れだと受け止めていた事を申し訳なく思う。
政宗は思わず苦笑の笑みを零した彼女の髪を撫でた。

「最近は戦も少し落ち着いてるからな。途中で馬を買ってのんびり帰ってくるか」
「…はい」

領主が自分の国を離れるのは良くない。
わかっているけれど、誘ってくれた事が素直に嬉しいと思った。
止めなければと思う気持ちよりも、その感情が勝る。
そうして、はにかむように微笑めば、彼もまた満足げな笑みを返した。

オリーブ:5月26日の誕生花  花言葉:平和
10.05.26