廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 番外編:パラレルワールド --

日々鍛錬に励む彼は、きっと自分のことなど二の次だ。
それを寂しいと思うか、彼らしいと思うかは個人の自由。
紅はもちろん後者的な考え方で、今日も今日とて鍛錬に励む彼を探して屋敷を歩く。

「おはようございます、幸村様」

道場の庭先でその姿を見つけ、声をかける。
流石に朝の挨拶を無視するほど鍛錬に集中してはいなかったようだ。

「おお、紅殿。今日も変わらず早いな」
「いいえ、幸村様に比べたら、私など…。今日も精が出ますね」
「うむ!日々の精進こそ最も重要なのだ!」

一体いつから始めているのか、まだ寒さの残るこの時期に汗だくの幸村。
それでもその笑顔を爽やかだと感じるのは、彼の性格や人柄のなせる業なのだろう。
お館様こと武田信玄が関わると思いもよらぬ暑苦しい男に変貌するのだが。

「では、私もご一緒させてください」

元よりそのつもりで用意してきた紅が木刀を片手に庭先に下りる。
その時の幸村が何とも言えず微妙な表情をするのはいつもの事だ。
始めこそ「女子が刀を握るなど…!」と頑なにそれを否定した彼なのだから、無理はない。
説得を早々に諦めた紅は、その身形に似合わず強引な実力行使に出た。
自分が勝てば文句は言わせないと真剣勝負を挑んだのだ。
幸村が女子相手に刀を振る事ができないと言っていたのは、最初の一撃までだった。
容赦なく、けれど真正面からの一撃を受け止めた彼は、その初撃で彼女の実力を垣間見る。
以降は自分の躊躇いをかなぐり捨て、真剣勝負に挑んだ。
結果としては紅の作戦勝ち。
武田の忍部隊の彼は後にその時のことをこう語る。

「あの時の紅さんは凄かったよ。真剣そのもので、実力ではやや劣る旦那に頭脳で挑んだ。
お蔭で、旦那が女人慣れしていないことに問題を感じたね。紅さんが敵だったらと思うとぞっとするよ、ホント。
あの時の旦那は腹を切らんばかりで…紅さんに「もし切ったら自分も追います」と言われて漸く諦めたんだ。
一番効果を発揮する言葉をよく理解してる、頭の良い人だよ、彼女は。お蔭様で、俺は色々と助かってるね」











「油断も手加減も必要ありません。もしなさったら、お館様に言いつけます」
「し、承知した…!…では………いざ!」

紅が刀を握ることは既に決定事項であり、それは信玄の意向でもある。
即ち、彼女に刀を握るなと言う事は信玄の考えに反すると言う事。
つまり、幸村にとっては納得できないながらも反対は不可能な状況なのだ。
しかしながら、いざ!と言いながらも先手を切って行けない所に、彼のささやかな抵抗が見て取れる。
いつもの事だ、と紅が地面を蹴った。
何度か剣を交えると、徐々に幸村の戸惑いや迷いが消えていく。
相手が紅であると言う遠慮が消え、後に残るのは純粋な闘争心。
その頃になると彼の攻撃に重さが加わってくる。
このままでは危険だなと思い始めたところで、鋭き突き出された棒が紅の木刀を弾く。
そこで攻撃を止められる程度に冷静だったならば、それは幸村ではない別の誰かだ。

「―――っ」

鍛えているとはいえ紅の華奢な身体は、彼の攻撃に吹き飛んだ。
悲鳴だけは上げるまいと引き締めた唇から微かな声が零れる。
そこで、幸村が漸く冷静さを取り戻した。

「紅殿!!」

慌てて駆け寄った幸村に、紅は身体を起こして大丈夫だと告げる。
受身はちゃんと取っていたし、これで怪我をするほど柔な鍛え方はしていない。
差し出された彼の手を借りて立ち上がると、心配そうに自分を見下ろす幸村の双眸に出会う。
後悔と謝罪と―――彼の目は、様々な感情を移している。

「け、怪我は…?」
「そんなに柔ではありませんから、大丈夫ですよ」
「やはり鍛錬はやめた方が良いのでは?女子が身体に傷でも残したら…」
「幸村様」

紅の冷静な声が幸村の言葉を遮る。

「私は自ら選んでこの道に立っています。男だの女だのと言う区別はやめてください。傷程度気にしません」
「しかし、このような鍛錬を重ねていては、嫁の貰い手がなくなるのでは…」
「幸村様は弱い女子がお好みですか?」
「いや、今の時代己の身を守る術を持つ事は大切だと思う」

そこははっきりと答えてくれる幸村に、紅はにこりと微笑んだ。

「では、貰い手がなければ幸村様が貰ってくださいね。
あぁ、でも…まるで残り物をお渡しするようで気が引けますね」
「紅殿!?いや、某は…!」
「…いや、ですか?」
「そ、そんな事は…!」
「では、そうなった時はよろしくお願いしますね」
「………う、うむ。某こそ、よろしく頼む」











「…旦那、その返事は間違ってるから。それじゃ今すぐ嫁ぐみたいだって」
「しっかし…相変わらず初心な人だなぁ、幸村の旦那。わかってやってる所が姫さんらしいけど」
「や、あれぐらいが丁度いいって。じゃないと旦那は一生槍と添い遂げそうだから」
「お館も幸村のためって山のように届く姫さんへの縁談を全部断ってるってのに、本人があれじゃあな」
「何がすごいって、あれで無自覚だって所がすごいよ。俺、本気で感心する」
「感心してる間に、白熱すると相手が姫さんだって忘れる性格を何とかしてくれよ。姫さんが怪我しちまう」
「そんなの氷景がとめればすむ話だろ?」
「姫さんに手出し無用って言われてんの、俺」




「報告します!北の国境にて伊達軍を発見!!」
「何!?政宗殿か!!すぐに出兵する!!」




「…あーらら…」
「…姫さん置いていきやがった。あぁ、あれは呆れてるな」
「いや、誰だって呆れるって。下手な女より厄介な相手が好敵手だからなぁ…」










幸村が行ってしまうと、溜め息をひとつ零してから紅が屋根のあたりを意識して口を開く。
姿は見えないけれど、あの辺りにいることは確実だ。

「氷景、そこにいるわね?すぐに国境の状況を確認してきてちょうだい。私も用意して幸村様を追うわ」

声に反応して、すぐ前に人影が降り立つ。

「御意、姫さん。だが、その腕の怪我の手当てをしてからな」

膝をついた彼が手を伸ばし、紅の着物の袖を捲くった。
幸村の棒を往なした部分が、やや青く変色している。

「…幸村様にも気付かれたかしら」
「いや、あの人は気付いてないよ。姫さんは隠すのが上手いから」

手ぬぐいでその箇所を優しく拭い、薬を塗って包帯を巻く。
端の処理を終えた氷景が紅に一礼してその場から消えた。

「佐助はどう思う?」
「旦那に任せてたらいつまで経っても進まないから、じゃんじゃん押していいと思うよ」
「あはは。悠希と同じ考えね」

ひとしきり笑った紅は、袖を纏めていた襷を解く。
幸村を追うならば着物自体を変えなければならないだろう。

「本当は、押していくとかそう言うのは苦手なの」
「…うん、そんな感じ。悠希さんは得意っぽいけど」
「そうそう。でも…今回ばかりは仕方ないかな。まぁ、脈なしって言うわけでもないし、頑張ってみるわ」

そう言うと、彼女は草履を脱いで縁側に上がり、自室へと歩いていく。

「俺たちは応援してるよ」

その背中にそう声をかけると、彼女は片手ひとつでその声に答えた。




【あとがきと言う名の種明かし】
はい、エイプリルフール企画です。
今までスルーしていたのですが、ふと今日がエイプリルフールだと気付きましたので。
折角なので何か、と考えた結果、相手キャラ入れ替え企画になりました。
ヒロインが保護されたのが武田だったら…もしかすると、こんな展開になっていたかもしれません。
その場合は氷景と佐助がいい感じに活躍しそうですね!

10.04.01












【おまけ】

「…氷景、政宗様を知らない?お姿が見えないんだけど…」
「あぁ、なんか信濃に向かったらしい」
「信濃…また、幸村様?…少し、妬けるわ」
「いやいやいや。全っ然妬く必要ねぇから」
「だってねぇ…。あ、そう言えば、夢を見たんだけど―――」
「―――…なぁ、姫さん。それ、筆頭に話してないよな?」
「起きた時に夢って面白いですね、ってお話したけれど…それが何?」
「…姫さん、信濃に筆頭を迎えに行くぞ」
「え、えぇ…別に構わないけれど…?」