廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 番外編:君に狂い咲く華になる --

ふと、日付を確認した紅はその手を止めた。

「あ…」

何気なく呟かれた声に、反応を見せたのは傍らで肘をつきながら作業をしていた政宗だ。
どうした、と問われ、紅は筆を置いた。

「いえ、今日はクリスマスなんだなぁと思いまして…」

すみません、邪魔をしてしまって。
そう答えた紅に、政宗は視線を彼女へと向けた。

「クリスマス?」

聞きなれない言葉だ。
異国の言葉を巧みに操る彼だが、そこまで異国に詳しいわけでもない。
この時代で英語を使える方が珍しいんだったな、と今更な事を思い出す紅。
あまりにも自然に英語を使う所為で、この時代にはそれがないのだと言うことを忘れていた。

「私の暮らした時代と今とでは、暦が変わっているんです。大体…ひと月ほど、こちらの方が遅いんです」
「…師走か?」
「ええ。その25日目の日を、クリスマスと言って…」

そこまで話して、紅は一旦口を噤む。
果たして、彼にどこまで説明すればいいものだろうか。
そもそも、紅はそこまでクリスマスに詳しくはない。
彼女の家は純和風と言うほどではないにせよ、西洋を惜しみなく取り入れた家ではなかった。
その為、クリスマスと言うイベント自体、彼女にはあまり馴染みのないものなのだ。
恋人の一人でも居ればまた話は変わってきたのだろうけれど…。

「イエス・キリストと言う方の誕生日ですね。その方の詳細は省くとして…。
一般的には、イブ…24日から25日にかけての夜、子供がプレゼントを貰う日です」

確か、そのはずだ。
先日の悠希の手紙にはそう書いてあったし、紅もそうだと認識している。
厳密に言えば色々と間違っている点もあるのだろうけれど、それを知っている者などこの場には居ない。
どの道、今の日本にクリスマスが普及するのはまだ随分先の事なのだから、問題はないだろう。

「ふぅん…そんな日があるのか」
「まぁ、全ての家で行なわれているわけではありませんよ。現に、私の家はごく普通の日でした」
「プレゼントってのは、親が渡すものか?」
「親ですけれど…サンタクロースだと言う説もあります」

そう答えれば、何だそれは、と言いたげな視線が向けられる。
紅はなけなしの知識を総動員させ、それを説明すべく言葉を構築した。

「えっと…赤い服で、たっぷりとした白い髭のご老人です。
その人が、良い子の所にプレゼントを運んでくると言われているんですよ」
「運ぶ?」
「トナカイ…鹿みたいなものですけど、それの引くソリに乗ってくると専らの噂ですね」

補足しておくならば、噂ではなく伝統だ。
日本では親から聞く程度だが、外国では町を上げてサンタクロースの存在を後押しする所もあるくらいである。
残念ながら、それに関しては紅の知識外だが。

「…ちょっと待て。お前の説明だと、一人ひとりにプレゼントを運んでいくって事にならないか?」
「そうなりますね」
「無理だろ。一晩でどんだけの家を回るつもりだよ」
「…ですよね。私もそう思います」

子供の頃に聞かされた時には、冷静に「無茶だ」と思ったものだ。
やはり同じ事を考える人は居るんだなぁ、そう思うと、何だか笑えてきてしまう。

「あくまで噂なんですよ。それを聞いて、子供達は期待する。その期待を裏切らない為に、親がプレゼントを残す。
翌朝、置かれたプレゼントを見て、子供がサンタを信じる―――要は、そう言う事です」

子供達はいつ頃サンタクロースの正体に気付くのだろうか。
初めから知っていた紅とは違い、子供の頃の友人の中にはそれを信じていた子も居た。
その子がいくつまでそれを信じていたのか…真相は、闇の中だ。

「色々とあるもんだな」
「ええ。未来の日本人は、とてもイベント好きですから」

他にも色々とありますよ、と微笑み、作業を再開する。
そんな彼女を眺めていた政宗が、不意に思いついたように口を開いた。

「プレゼントを貰えるのは子供だけなのか?」
「え?あぁ…今では、家族で交換したり、恋人に渡したりと色々ですよ。子供に限られたイベントではありません」

悠希が恋人に何を送ろうかと悩んで相談してきた事を思い出しながら、紅はそう答えた。
生憎、彼女には渡したいと思える相手は居なかったので、今までクリスマスをイベントと認識した事がないけれど。
恋人をすっ飛ばして夫を持っている今となっては、それに参加することも出来る。
だが、時代が変わっているので、波に乗るどころか、波すら存在しない状況だ。
つくづく縁がないのだな、と思う。

「それが今日なのか?」
「ええ、恐らく」

それがどうかしましたか?と問うと、彼は何も答えずに席を立った。
そのまま、彼はどこかへと立ち去ってしまう。
白紙のまま取り残された未処理のそれを見て、紅は溜め息を零す。

「縁がないこと甚だしいわね」

別にいいけれど、と呟いた。
恋人が出来たらクリスマスを楽しむんだ!そんな風に意気込んだ事は一度もない。
期待していないからこそ、叶わなかった今、それを残念だと思う気持ちが全く湧いてこないのだ。
紅にとっては、そんな無関係な事よりも、目の前の川氾濫の報告書の方が問題だ。

「…どうしようかなぁ…。寒い中作業をさせるのは酷だし、かと言って放っておくのもね…」

机の上に肘をつき、うーん…と頭を悩ませた。














「紅!」

不意に、名前を呼ばれた紅はきょろきょろと周囲を見回した。
当然のことながら、部屋の中には彼女しか居ない。
では、どこから…そう考えた彼女は、声がしたと思しき方へと立ち上がった。
窓から下を見下ろせば、こちらを見上げている政宗を見つける。

「如何なさいましたか?」

少しだけ声を大きくして、紅はそう問いかけた。
外套に身を包んだ彼は、愛馬に跨ったままこちらを見ている。
そんな彼が、手招きした。
降りて来い―――そう言っているのだろう。

「え、でも…」
「そこから飛べよ。受け止めてやるから」

あぁ、上着は忘れんなよ。
まるで、ちょっと庭先に下りて話をしようとでも言うかのような気軽さだ。
軽くこめかみを押さえた紅だが、彼が譲らない事くらいは百も承知。
火鉢の傍だからと脱いでいた上着を着込み、窓枠に手をかけた。
今日は鍛錬の後、動き易い着物を着込んでいて正解だったと思う。

「腕を傷めても責任は取れませんよ」
「そんなに柔じゃねぇよ」

早くしろ、と急かされ、紅は溜め息を吐いてから、トンと軽やかに窓から飛び出す。
ふわりと数秒の浮遊感の後、寸分狂う事無く彼の腕に落ちた。

「暴れるなよ」

紅を前に座らせると、そのまま手綱を取って馬の腹を蹴る。
口を開けば舌を噛んでしまうとわかっている紅は、行き先すら尋ねる事ができなかった。









「嘘…」

ひらり、ひらりと舞い落ちてくる緋色の花びら。
信じられない光景が、目の前にあった。
今しも雪が降り出しそうな曇り空の下、大きく伸ばした枝を緋色の花びらで埋め尽くしている桜。

「狂い咲きにしても、限度があると思いますけれど…」
「あぁ。この間偶然見つけたんだ」

春の花である桜が秋に花をつけることを、狂い咲きと言う。
けれど、それが冬に花をつけたなど、聞いた事はない。
狂った、と言うよりは、少々…いや、かなりせっかちな桜だ。

「お前は何かやろうとするとすぐに「でも…」って言うからな。これなら、文句ないだろ?」

そんな声と共に、後ろからすっぽりと抱きしめられる。
まるで互いの体温を分け合っているようだった。

「…クリスマスプレゼント…ですか?」
「あぁ。どうだ?」
「…十分です。ありがとう、ございます」

信じられないような、でも目の前にある光景に、少し涙腺が緩んだ。
これを感動と言うのだろう。

「クリスマスに贈物をする時は何て言うんだ?」

耳元に囁かれる言葉に、紅はくすぐったそうに身を捩った。
それから、その頬を緩めながら口を開く。

「クリスマスには…」


Merry Christmas!!

07.12.25